偶然こそが最良の助監督
アニエス・ヴァルダ。亡夫のジャック・ドゥミとともに、ヌーヴェルヴァーグの“セーヌ左岸派”を代表する映画監督のひとりだ。
ゴダールやトリュフォーらの“右岸派”と比べると、やや地味な印象の左岸派。しかし、活動開始はこちらの方が早く、ヌーヴェルヴァーグ最初の長編劇映画は、ヴァルダの「ラ・ポワント・クールト」(54)とされる。
そのせいもあろう、“ヌーヴェルヴァーグの祖母”とも呼ばれるヴァルダ。御年87歳の今もバリバリの現役で、今回は彼女より54歳も若い写真家・アーティストのJRと組んで、新作を完成させた。タイトルは「顔たち、ところどころ」。
ヌーヴェルヴァーグの作家たちが競作した65年のオムニバス作品「パリところどころ」を意識した邦題だろうか。この作品にヴァルダは参加していないのだが、まあ、それはどうでもよい。
本作は、ヴァルダとJRが、フランスの田舎を車で旅しながら、途中で出会う人々と共同で作品を作りあげていく様子を記録したドキュメンタリーである。
炭鉱夫の娘、広大な土地をひとりで耕す農夫、ウェイトレス、港湾労働者の妻たち……。ふたりは、彼らと会話し、写真を撮って、JRの特製フォト・トラックで大きく引き伸ばし、住宅や工場などの壁に貼っていく。
まるで有名スターのように、大きく貼り出される“ポスター”を見て、誇らしげな顔をする者、恥ずかし気な表情を浮かべる者。
彼らとはすべて初対面だ。「偶然こそが最良の助監督よ」とヴァルダは言う。
無名の人々との出会いがある一方で、古い思い出も甦る。
ノルマンディの海岸で、ヴァルダは昔、友人の写真家ギイ・ブルダンの写真を撮った。JRは、これを引き伸ばして、浜辺に転がる旧ドイツ軍のトーチカ(要塞)に貼ろうと思いつく。
見事なアートが完成。ところが、翌朝、見てみると、写真は潮に流され、跡形もなかった。あまりに儚い、一期一会のアートだった。
その後、尊敬する写真家・アンリ・カルティエ=ブレッソンの墓参や、ルーヴル美術館見学などを通し、ふたりは友情を深めていく。
ルーヴルでは、ゴダールの「はなればなれに」(64)で主人公3人が達成した“ルーヴル一周最短記録”に挑戦。ヴァルダを乗せた車椅子を押してJRが疾走するシーンは、短いが幸福感にあふれる感動的な映像だ。
ちなみに、ゴダールを敬愛するベルナルド・ベルトルッチも「ドリーマーズ」(2003)で主人公たちに同じチャレンジをさせていた。
蛇足になるが、「はなればなれに」は3人が踊る“マジソンダンス”も有名で、タランティーノの「パルプ・フィクション」(94)はじめ、多くの作品に引用されている。最近では、台湾のトム・リンが「星空」(2011)で二度もこのダンスを再現していたのが印象的だ。
さて、ゴダール。決して黒眼鏡を外さないJRに、ヴァルダは同じ黒眼鏡の友人ゴダールを引き合わせようと目論む。ヴァルダにとっても久々の再会。映画の締めくくりにはふさわしい演出だ。
だが、ゴダールは意外な反応で、彼らのシナリオを書き換えてしまうのだった。計画が狂うことで生まれた、余韻豊かなエンディングが心に沁みる。
『顔たち、ところどころ』(2017、フランス)
監督:アニエス・ヴァルダ、JR
2018年9月15日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷他全国ロードショー。
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/kaotachi/
コピーライト:©Agnès Varda-JR-Ciné-Tamaris, Social Animals 2016
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