外国映画

映画レビュー「ちいさな独裁者」

2019年2月7日
ナチスの脱走兵が、将校の制服をまとい、大尉に成りすます。出まかせとハッタリで権力を握ったニセ将校は、次々と蛮行を重ねていく。

ナチス将校に成りすました脱走兵

冒頭、友軍のジープに追われ、射撃されながら、男が必死に逃走している。主人公のヘロルトだ。脱走兵である。

命からがら何とか逃げのびたヘロルトは、乗り捨ててあった軍用車から、将校の制服を発見。これ幸いと拝借し、大尉に成りすます。

体にぴったりフィットした将校服。その着心地に酔いしれながら、上機嫌のヘロルトは、思わず歌を口ずさむ。映画「會議は踊る」のハイライトシーンで流れた「唯(ただ)一度だけ」。

「會議は踊る」は31年に製作されたドイツ映画である。英語版、フランス語版も製作され、世界中でヒットした作品。ヒロイン役のリリアン・ハーヴェイが、ロシア皇帝の別荘まで赴く道中、馬車に揺られながら歌う曲が「唯一度だけ」だ。

一介の町娘でしかないヒロインが、ウィーンを来訪中の皇帝に見初められ、うたかたの幸運を味わう。唯一度きりの夢のような体験。ヘロルトが手にした幸運も、やはり期限つきであることを、この曲が暗示する(この曲は終盤、娼婦たちを集めた乱痴気パーティのシーンでも合唱される)。

とはいえ、このヘロルト、天性の役者なのである。軍隊生活で観察し、学習してきたのだろう。将校の話し方や所作を実によく身につけており、誰も彼が将校であることを疑わないのだ。

ドイツの敗色濃厚で、兵隊の士気は下がり、指揮命令系統に乱れが出ていることも手伝い、ニセ将校は出まかせとハッタリで、権力を掌握。非道な殺人を重ねていく。

臆病と思われてはいけない。ナチスの精神を見せつけなくてはいけない。そんな意識に駆り立てられてのことだろう。ヘロルトの蛮行はどんどんエスカレートしていく。

途中、冒頭シーンでヘロルトを追っていた大尉と遭遇し、「見たことある顔だ」と言われる場面には、ヒヤリとさせられる。極悪非道な男なのに、いつの間にか感情移入し、彼に肩入れしてしまっている自分に驚く。

なぜか憎めない男。そう言えば、ヒトラーにしても、ムッソリーニにしても、一見して悪党という顔ではない。そこが怖い。

エンドロールに流れるのは、ヘロルトと部下たちが、現代のベルリンの街に出現し、反国家的行為を取り締まっている映像だ。この非現実的な光景は、「現実を直視せよ」という監督からのメッセージだろうか。

ナチスの悪夢は終わっていない。“ちいさな独裁者”は今も、世界の至るところに存在しているのだ。もちろん日本にも。

ちいさな独裁者

2017、ドイツ=フランス=ポーランド

監督:ロベルト・シュヴェンケ

出演:マックス・フーバッヒャー、ミラン・ペシェル、フレデリック・ラウ

公開情報: 2019年2月8日 金曜日 より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA他 全国ロードショー

コピーライト:© 2017 - Filmgalerie 451, Alfama Films, Opus Film

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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この投稿にはコメントが1件あります

  •  中村毅

    実話とはいえ、どこにでもいそうな普通だったはずの人が変貌し己の欲望?衝動?のために人の命を奪っていく様子は、まさに人の内なる狂気を描いていて映像を観るのが楽しみです🎵