日本映画

映画レビュー「老人ファーム」

2019年4月12日
老人ホーム。がっちり閉ざされたその空間に、一人の青年が飛び込み、老人たちを解放しようという、無謀な挑戦を描いた物語。

青年は老人を解放できるのか

「老人ホーム」。その閉鎖性は、クロースアップで映し出されるドアの堅固な構造に象徴されている。

がっちりと外界から閉ざされたその空間に、一人の青年が飛び込み、老人たちを解放しようという、無謀な挑戦を描いた物語だ。

ビジネスライクで専横的な管理者と、正義感に燃える青年との闘いの記録とも言える。

病気の母親と暮らすため、実家に戻ってきた青年、和彦。地元の老人ホームで採用され、働き始める。

やや内気で生真面目なタイプ。黙々と職務をこなしていくが、さすがに糞便まみれの便器を磨く仕事では、つい「クサっ」と声が出る。

管理者の後藤は、事なかれ主義。食事から娯楽まで、ルーティーン・ワークを淡々と消化していくことしか頭にない男だ。

怪我をさせたり、死亡させたりしなければ、それでよし。老人の感情などお構いなしなのである。何しろ、後藤にとって、彼らは「動物のようなもの」なのだ。

入居する老人たちは、大多数が認知症。後藤の無礼な言動に、反撃できるわけもなく、まさに動物のような扱いに甘んじている。本作のタイトルどおり、そこは「老人ホーム」ならぬ「老人ファーム(牧場)」なのである。

だが、その中に一人、異彩を放つ女性がいた。和彦が介護を担当するアイコだ。周囲と交わることもなく、いつも一人ぼっちで時間を過ごしている。他の老人と違い、アイコだけが人間としての尊厳を保っているように見える。

当初は偏屈なアイコに戸惑う和彦だったが、しだいに二人は心を通わせ合うようになる。同時に、アイコと他の老人との関係も良好になっていく。和彦はアイコのためにも、施設を人間的な場所へと変える努力を続ける。

こうして、「老人ファーム」は、本来の「老人ホーム」へと変わる。しかし、そう思った瞬間、突如として、アイコが失踪してしまう。

アイコは発見されるものの、和彦は責任をとらされ、いったん施設を離れる。その後、職場復帰した和彦が見たものは――。

和彦のチャレンジは挫折し、「老人ホーム」は「老人ファーム」へと逆戻りする。はたして、それをさらに逆転することはできるのか? 最後の挑戦に踏み出す和彦を待ち受けるものは何なのか?

寡黙な主人公に扮した半田周平の、目の演技が印象的だ。かっと見開いたかと思うと、ぼんやり霞む。繊細な目の動きで、その時々の心理を表現。観客は主人公の感情にぴたりと寄り添うことができる。ラストカットの半田の表情を見逃すべからず。

画面の左右だけでなく、奥行きを生かした“縦の構図”もいい。手前と奥とに隔てられた人物の間の距離感、空気感が、どのシーンでもひと目で伝わり、最後までサスペンスが緩まない。

監督は、本作が初の劇場公開作となる三野龍一。脚本を書いた実弟の三野和比古とともに、Mino brothersと称する。

これまで数多の“介護映画”が作られてきたが、ここまで創造的かつスリリングな映画はなかった。本作をステップに、Mino brothersのさらなる活躍を期待したい。

老人ファーム

2019、日本

監督:三野龍一

出演:半田周平、麻生瑛子、村上隆文、山田明奈、合田基樹、亀岡園子、堤満美、白畑真逸

公式サイト:https://www.facebook.com/rojinfarm/

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

この映画をAmazonで観る

この投稿にはコメントがまだありません