1981年、恐るべき事件が世界を震撼させた。一人の日本人男性が、オランダ人女性を殺し、屍姦し、その肉を食べたのだ。男の名は佐川一政。事件から38年、佐川の“現在”を赤裸々に記録し、第74回ヴェネチア国際映画祭のオリゾンティ部門審査員特別賞を受賞したドキュメンタリー映画が、ついに公開される。佐川のサポート役として本作に出演した実弟・純氏は、「兄貴が何をしようと、恨んだり憎んだりする気はない」と語った。
「まんがサガワさん」は大嫌い
――ボヤーっとした顔のアップから始まる映画。不気味です。最初に背後の純さん、次に前面の一政さんがフォーカス・インしてきますね。
独特の撮り方で、どう撮っているのか、見当もつかなかった。後で映像を見て、“どアップ”で撮っていたことが分かりました。
――最初からご兄弟で出演されるのが条件だったんですか?
兄貴の話なので、彼が前面に出て、サポート役の私と通訳の方が同席するという形ですね。兄貴は通訳なしにフランス語で話したかったんでしょうけど。
――実際、途中に、フランス語で話すところもありますよね。喋るのはちょっと辛そうでしたが、容体は悪かったんですか?
食事介護は僕がしていましたが、寝たきりではありませんでした。
――チョコレートが大好きのようで、純さんにねだる場面もありますね。
甘いものが大好きなんですよ。今は胃婁(いろう)処置したので、食べられなくなっちゃいましたけど。この撮影が2014年かな。誤嚥性肺炎で倒れたのが去年の6月。そこで胃婁になった。
――途中で、純さんが一政さんの描いた「まんがサガワさん」を音読するシーンがありますね。この本には、オランダ人女性を殺害して屍姦し、解体して食べるまで、事細かに描写されています。初めて見る人にはショックですね。
まさか、あの本を持ってくるとは思いませんでした。僕はあの本が大嫌いなので、音読なんてやりたくなかったけど、結局、やらされちゃった。
あれは前もって話があったわけじゃなくて、監督のヴェレナさんたちが当日、あの本を持ってきて、いきなり始まっちゃったものなんですよ。
――読んだのは初めてだったんですか?
いや、ちらっと読んだことはありますよ。でも、嫌いだから、見向きもしたくなかった。それがバッと出てきちゃった。
禁断の性癖をカミングアウト
――この映画で、インタビューに答えるのは、あくまで主役の一政さん。純さんは背後から彼をサポートし、聞こえにくい部分を補ったりする役だと思って見ていました。ところが、突如として、純さんが有刺鉄線を腕に巻いて、包丁をプスプスと刺すシーンに転換したので、びっくりしました。
兄貴にはカニバリズムという性的嗜好がある。しかし、実は、僕にも秘密の性癖があった。ところが、兄貴ばかりが異常な人間として世間の攻撃を受けている。
自分だけ隠しているのは卑怯だと思ったんです。それで、通訳の人に「僕にはこういう性癖がある」と言ったら、すぐに監督のヴェレナさんに伝えてくれて、さっそくあのシーンを撮影することになった。
――有刺鉄線と、包丁と、仏壇用のロウソク。
あと錐(キリ)ですね。
――痛そうだなと思いながら見ていました。
痛いけど気持ちいいい(笑)。
――三歳頃からやっていたんですよね?
三歳頃、腕に輪ゴムがはまっていた。家には女中さんが何人かいたので、そのうちの誰かがはめたのかもしれない。よく覚えていないけど、とにかく、気持ちよかった。
小学生になると、輪ゴム以外にもはめられるものを探して、はめまくっていたんですよ。後に思春期になって、これがセックスの快感と結びついてくる。
――気持ちいいけど、射精までは行かない。映画の中でそんなことを言っていますね。
有刺鉄線を巻きながら射精はできない。あとでAVを見ながら射精するんです。
――プロの女性にそういうことをしてもらったりはしないんですか?
プロの女性でそういうことできる人はいないですね。SMクラブに行ったことはありますが、女王様にやられるのはプライドが許さない。
六本木のSMホテルに行ったとき、Mの男性が太った女王様に鞭でひっぱたかれているのを見て、ものすごく気持ち悪かった。美しくない。だから、そういうことはしない。
――いわゆるMではないと?
SかMかと考えたことはない。SでもMでもない、自虐趣味なんだと思う。一言では割り切れないですね。
――この映画で一政さんにカミングアウトした感想を聞いていますけど、あまり驚いていません。純さんにちょっとがっかりしたような表情が見えました。驚かせたい気持ちがあったんですか?
いや、驚かせたいという気はなかった。知ってほしいとは思っていましたけどね。あまり動じていないのは、人を食べちゃうことに比べれば、どうってことないからなんでしょうね(笑)。
――お互いに秘密を抱えて生きていたわけですね。
そうです。兄弟間でセックスの話をするのも嫌ですしね。だから、二人ともお互いの性癖を全く知らなかった。
――それにしても、至ってノーマルに見える純さんの性癖には心底驚きました。
誰も想像できないでしょう。だから、なかなかカミングアウトできなかった。思い切って言っちゃうと清々しますね。
海老フライの尻尾で破談に
――結婚を考えたことは?
両親が心配してお見合いをセットしてくれたことがあります。相手の女性も不幸な方だった。母親が最近自殺したという人。不幸なもの同士で会ってみればいいじゃないかというわけです。
何度かデートした後、彼女の親代わりの叔母さん叔父さんと一緒に食事に行った。海老フライ定食が出たんです。ふつうのことだと思うんですが、海老の尻尾を残したんですよ。そしたら叔父さんが急に、「君、なぜ尻尾食べないの」と。
「おっ、来たな」と思った。後々考えたんですが、親代わりをしている人間として、海老フライの尻尾も食えない、ひ弱な男はダメと思ったんでしょう。僕は勝手にそう思って、そのことを親に報告しちゃった。
それがいけなかったんでしょうね。話は向こうの叔父さん叔母さんにも筒抜けで、破談になった。海老フライの尻尾で破談になったわけです(笑)。
――ほかに女性とのおつきあいは?
何人か女性と付き合ったことはあります。そのうちの一人とは、しばらくデートして、兄貴のことも全部理解してくれた。でも、いざとなると、彼女の両親が反対して、お別れ。そういうことは何回もありましたね。
――お兄さんを恨みに思ったことは?
「しゃあねえか」という感じ。兄貴のせいにはしたくなかった。そもそも性癖のことがある。それも理解してもらった上で結婚というのは面倒くさい。だから、まあ、いいやという気になっちゃうんですよ。
これも含めてOKという女性が出てくればいいですけどね。なかなかいませんよね、そういう人は。
腕ぐらいなら食べさせてくれる女性はいる
――ご兄弟の会話で面白いなと思ったのは、「何も殺して食べなくても、体の一部を食べさせてくれる人はいるんじゃないか」と、純さんが一政さんに迫るところです。
それは今でも思ってますよ。なぜ殺しちゃったのと。たとえば腕を噛んで食べる方法はあるんだよと言ったんです。「僕の腕はどう?」って。けれど、男の腕はダメだという。女性じゃなきゃダメだと。
――それはそうでしょう(笑)。
女性でも腕ぐらいなら食べさせてくれる人はいるんじゃないかと思うんですけどね。いてもおかしくないと思う。とにかく、殺さなければ食べられないという考えは否定したい。
――何が一政さんをカニバリズムに向かわせたんだと思いますか?
兄貴は本を読むのが好きでした。勉強部屋にはたくさん本があり、片っ端から読破していましたね。兄貴は、膨大な蔵書の中から歪(いびつ)なものを見つけてしまったんだと思います。
その一つが、牛飼いと山姥(やまんば)の話。山姥が牛飼いを食ってやろうと追いかけまわす物語があるんですよ。それが一つのきっかけになったみたいですよ。
何をされても憎む気にはなれなかった
――純さんは音楽が好きで、大学ではチェロを弾いていたそうですね。
戦時中、母親は満州で苦労しました。引き揚げ船で帰ってきたのですが、甲板でチェロを弾いている人がいて、その音色がすごく綺麗だった。
それで、子供ができたらチェロを習わせたいと思ったそうです。だから、僕は大学でチェロを始めて、オーケストラに入ったんです。
でも、最初のチェロは喧嘩したとき兄貴にぶっ壊され、二台目の高価なチェロは売り飛ばされてしまいました。
――お金に困っていた時期ですか?
まだ両親は生きていたので、お金の不自由はなかった。たぶん、その頃、懲りずに外国人女性と旅行に行っていたんですよね。その旅費を作りたかったんですよ、おそらく。
――欲求があるとそれを実現せずにはいられない。堪え性がないんですね。
そんなことまでされて、なぜ怒らないんだと母親から言われた。「でもね」って僕は思うんですよ。
――憎めない?
憎めない。一時的に、「この野郎」とは思いますよ。だからといって、憎いとは思えない。映画でも紹介されている8ミリのホームムービーに映っているとおり、子供の頃には仲よく過ごしていた兄弟ですからね。
――映画の最後の方で、一政さんもこういう弟がいてとてもありがたいと言っていましたね。お互いにそういう気持ちがある。
こういう兄弟関係は稀かもしれません。兄弟同士で殺し合ったりする人もいますからね。だからこそ、僕は人を殺すのだけはダメだよと。兄貴のそこだけは認められない。
――いよいよ映画が公開されるわけですが、どんな気持ちですか。
なるべく多くの人に見てもらいたいと思いますよ。観客の半分はたぶん途中で出ていくでしょうけど(笑)。でも、できれば最後まで見てほしい。特に8ミリフィルムの部分はぜひ見てほしい。あれがあるおかげで全体が締まったと思います。
カニバ パリ人肉事件38年目の真実
2017、フランス/アメリカ
監督:ヴェレナ・パラヴェル/ルーシァン・キャステーヌ=テイラー
出演:佐川一政、佐川純、里見瑤子
公開情報: 2019年7月12日 金曜日 より、ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国ロードショー
コピーライト:© Norte Productions, S.E.L
佐川純氏の手記『カニバの弟』発売!
佐川一政の実弟・純氏の手記が書籍化され、7月20日から書店で発売される。兄弟の生育環境、性的嗜好、社会人時代、絵画にかける夢など、純氏の人生が豊富な写真を交え、具体的に記されており、本作をより深く理解するためにもお薦めの一冊だ。7月12日(金)に渋谷LOFT9で開催される映画『カニバ』公開記念トークイベント会場で先行販売!
著者:佐川純
出版社:東京キララ社
定価:本体1,500円
『まんがサガワさん』奇跡の復刊!
伝説の発禁本「まんがサガワさん」発売中!
佐川一政が、パリ人肉事件の一部始終を自らリアルに「まんが」で再現。事件の真相を伝え、カニバリズムの本質に迫った幻の絶版が、映画の公開を記念して奇跡の復刊!あらゆる取次会社から流通拒否され、発売2週間で発禁となった、という謎の怪情報がひとり歩きしたほどの奇書。古書市場で定価の数十倍の値段で取引されていた伝説のまんがが今、蘇る!この機を逃せば未来永劫入手不可能!
著者:佐川一政
出版社:(株)サイゾー
限定1,000冊
定価:2,500円(税込)
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