外国映画

映画レビュー「その手に触れるまで」

2020年6月11日
過激なイスラム思想に染まった13歳の少年アメッド。学校の女性教師を背徳者と決めつけ、隠し持ったナイフで襲いかかるが――。

少年は洗脳から脱け出せるのか

13歳のアメッドは、ベルギーに暮らすムスリムの少年。近くのモスクで礼拝を指揮する導師に心酔し、過激な思想に染まっている。

学校で女性教師が下校時の握手を求めても、「成人のムスリムは女性に触れない」と拒絶。女性教師がアラビア語の授業に歌を取り入れると、さっそく導師にご注進。「コーランを軽視する背徳者だ」と断定され、女性教師への敵意を募らせる。

アメッドは、それがムスリムの正義と信じ、女性教師をナイフで襲う。未遂に終わったが、自身の責任を逃れたい導師から「自首しろ」と勧められる。

導師に言われるまま自白したアメッドは少年院に送られ、更生プログラムを受けるのだが――。

教育、洗脳の恐ろしさを、改めて思い知らせてくれる映画だ。知識も経験も乏しい思春期の少年が、邪(よこしま)な教えに惑わされ、加害行為へと駆り立てられていく。

舞台がベルギーのムスリム社会に設定されているが、キリスト教原理主義、ネオナチ、その他諸々のカルト教団など、似た状況は世界中に存在する。アメッドのような少年少女は至るところに潜んでいるだろう。

ひとたび狂信者となった者を覚醒させることは難しい。本作は、主人公の一挙手一投足に寄り添いながら、その困難なプロセスを、手持ちカメラで追っていく。

女性教師を襲う前に、アメッドがナイフを靴下に忍ばせて走る練習をする。メガネが落ちないように輪ゴムを付けたりする。そんなディテールの描写も入念で、作品全体のリアリティをしっかり支えている。

ストーリー上、大きなモメントとなるのが、更生プログラムの一環として、アメッドが体験する農場作業である。農場主の娘と親しくなり、相手から告白されもする。

美しいラブシーンに息を呑む。だが、染みついたコーランの教えは容易に揺るがない。

そんなアメッドの頑なな心が、ついに決壊する時がやってくる。誰もが予想し得ない、驚きのラスト。ダルデンヌ兄弟以外には思いつかないであろう、映画史上屈指と言いたい、実に映画的な決着のさせ方に目を見張る。

第72回カンヌ国際映画祭 監督賞受賞作。

その手に触れるまで

2019、ベルギー/フランス

監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

出演:イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウ、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン、オスマン・ムーメン

公開情報: 2020年6月12日 金曜日 より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他 全国ロードショー

公式サイト:http://bitters.co.jp/sonoteni/

コピーライト:© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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