女から男へ、そして――
女性として生を受けた。しかし、女という性に馴染めなかった。スカートをはくのは苦痛。赤いランドセルにも納得がいかなかった。そのせいで、小学校では辛い目に遭った。
気持ちは男の子。なのに、女の子として扱われる不条理は、さぞ耐え難いものだったに違いない。13歳で性同一性障害の診断が下り、男子の制服を着用することが許可された。
名前も空雅(たかまさ)と改名。大好きなアニメ「ドラゴンボール」の孫悟空と、尊敬する声優・野沢雅子の名から、一文字ずつ取った。将来の夢は声優になること。
高校では自らのセクシュアリティを告白。友人に恵まれ、伸び伸びとした学校生活を送った。
映画では17歳の空雅が、弁論大会で堂々と自分の生き方を主張する姿が映し出される。
自分が女性の体を持って生まれたこと。男性の体を取り戻し、戸籍の性別も男性に変える予定であること。一言一言に揺るぎない信念が漲(みなぎ)る。
「カミングアウトすることが自分らしい生き方だと思った」。当時の心境を語るのは、本作でナレーターを務めている空雅自身である。
18歳になった空雅は、膨らみ始めた乳房を切除。男性化への第一歩を踏み出した。さらに、20歳で子宮と卵巣を取り除く性別適合手術を受ける。
これで、戸籍の性別変更も実現。晴れて、空雅は男性としての人生をスタートした、はずだったが――。
戸籍変更後。緑の森の中で喜びを語る場面が印象的である。満面の笑顔で「めっちゃ幸せです」。その直後には、声優の養成所でトレーニングに励む姿が映し出される。
前途洋々。明るい未来。空雅が15歳の時からカメラを向けてきた常井(とこい)美幸監督は、多分そんな予感をもって見つめていたに違いない。
だが、3年後に再会した空雅は、全く予想外の人生を歩んでいたのである。名前も変わっていた。3年の間に、空雅の心で何が起きたのか?
空雅は、性別適合手術の前後に、二人の人物と出会っている。一人は、男性であることに違和感を抱きつつ女性と結婚したが、78歳で意を決し女性へと性転換した音楽家の八代みゆき氏。もう一人は、女性として生まれた体はそのままで、男性でも女性でもないXジェンダーとして生きる中島潤氏。
二人の生き方、考え方は、20歳の空雅に想像以上の影響をもたらしたようだ。
“少女”であることを拒んだ“少年”が“青年”へと成長する中で、自らのセクシュアリティ、ジェンダーを見つめ直していくプロセスを追った、貴重なドキュメンタリー。
テーマの今日性もさることながら、主人公である小林空雅も魅力的で、じっと画面に見入ってしまった。
「ぼくは男だ」と宣言する割には、イヤリングを付けたり、病室にフィギュアを持ち込んだりと、少しも男っぽくない。ボーイッシュな女の子というイメージだ。しかも、女性にも男性にも恋愛感情を抱かないようで、そこがまた興味をそそられる。
その後の小林空雅がどのような人生を歩んでいくのか。ぜひ続編が見てみたい。
ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間
2019、日本
監督:常井美幸
出演:小林空雅、小林美由起、八代みゆき、中島潤
公開情報: 2020年7月24日 金曜日 より、アップリンク渋谷他 全国ロードショー
※24日は上映前、25日以降は上映後に、監督や出演者などゲストを招いてのトークあり。
公式サイト:https://konomi.work/
コピーライト:© 2019 Miyuki Tokoi