日本映画

映画レビュー「スパイの妻<劇場版>」

2020年10月15日
夫は、国家機密を世界に公表しようとした。妻は、夫の行為が夫婦の幸福を壊すのを恐れた。正義か愛か。追いつめられた妻は――。

正義のため国家に歯向かう

1940年、太平洋戦争前夜。貿易会社の社長である福原優作(高橋一生)は、妻の聡子(蒼井優)とともに、洋風のモダンな暮らしを満喫していた。

とはいえ、軍国主義の息苦しさは日ごとに募るばかり。優作の仕事仲間である英国人はスパイ容疑で逮捕され、その後、日本を離れてしまう。

聡子の幼馴染である憲兵隊の泰治(東出昌大)は、聡子のためにも交友関係を見直すよう優作に忠告する。

今後、時局はますます悪化するだろう。その前に、大陸を見ておきたい。そう考えた優作は、甥の文雄(坂東龍汰)を伴って、満州へと渡る。

1カ月の予定だった滞在は、2週間延長された。だが、優作はその理由を語ろうとしない。出発前とは人が変わってしまったように見える優作に、聡子は不審の念を抱く。

怪しい事件も起こる。優作が満州から連れてきた女が、勤め先の旅館で変死を遂げたのだ。聡子は優作と女との関係を疑う。

聡子の疑念は晴れないまま、ある日、優作は満州で目撃した、恐るべき日本軍の所業について、口を開く。

それは、細菌戦のための人体実験だった。他国に知れてはならぬ国家機密。だが、優作は正義のため、それを世界に知らしめようと言うのだ。

正義よりも何よりも、優作との幸福が大切。そう信じる聡子は、必死で優作を翻意させようとする。ところが、その後、聡子は突如として態度を一変させ、大胆な企みを持ちかける。優作は聡子に唆(そそのか)されるまま、イチかバチかの博打に出るのだが――。

恵まれた生活を送っていた富裕層のカップルが、国家機密を手にしたばかりに、自らの生命を賭して、国家と対立する物語。スケールの大きなサスペンス映画であり、黒沢清監督にとっては、お得意のジャンルと言える。

ただし、歴史ものは今回が初めて。時代考証やセットの設計など、縛りが多く、過去作のようにスラップスティックやホラーの要素で味付けしたりするわけにもいかず、苦労も多かったのではないか。

しかし、黒沢監督と、「寝ても覚めても」の濱口竜介、「ハッピーアワー」脚本の野原位の3人で共作したシナリオは、緊密で隙がなく、伏線も効いており、最後まで緊張の途切れないストーリーを紡ぐことに成功している。

エキストラを含む人物一人ひとりの動きまで完全にコントロールする黒沢演出も見事。すべての画面に黒沢清の美意識が貫かれている。

聡子と優作の夫婦に扮した蒼井優と高橋一生も好演。とりわけ、「~ませんの?」「~らっしゃるのね」といった、上流婦人の言葉遣いを淀みなく再現し、夫ひとすじの愛をキラキラと満面の笑顔で表現した、蒼井優の演技が秀逸だ。

2020年ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)受賞。

スパイの妻<劇場版>

2020、日本

監督:黒沢清

出演:蒼井優、高橋一生、東出昌大、坂東龍汰、恒松祐里、笹野高史

公開情報: 2020年10月16日 金曜日 より、 全国ロードショー

公式サイト:https://wos.bitters.co.jp

コピーライト:© 2020 NHK, NEP, Incline, C&I

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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