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映画レビュー「岸辺の旅」

2020年10月16日
「俺、死んだよ」。3年ぶりに帰ってきた夫は、死んでいた。シュールな設定で描かれる、夫婦の不思議なラブストーリー。

死者と生者とのメロドラマ

※「スパイの妻<劇場版>」公開中の黒沢清監督作品「岸辺の旅」(2015)公開時に書いたレビューを、一部加筆した上で掲載します。

3年前に失踪した夫が、ある日ふらりと帰ってくる。驚く妻に、夫は「俺、死んだよ」と告げる。あっけらかんと発せられたその言葉を、妻は黙って受け容れる。

さらに夫は、この3年の間に旅してきた場所を、一緒に再訪しようと誘いかける。妻はこれもあっさり承諾する。

唖然とさせられるオープニングである。死者があの世から舞い戻ってくるというだけなら、別に珍しくはない。SFにはよくある設定だ。だが、その次が何とも奇抜である。

夫が死後に過ごした土地を夫婦で訪ね歩くというのだ。こんな話は聞いたことがない。

要するに、死んだ後の3年間、夫がどこで何をしていたか、誰と過ごし、何を考えていたか――。そういったことを、夫を案内役として妻が発見、確認していくという映画なのである。

湯本香樹実の同名小説を原作としているが、SFやファンタジーの要素を加えず、通常のドラマの枠内で映像化している点に、黒沢清監督の独自性がある。

生者である妻と死者である夫とを、視覚的に全く差別化していないのだ。生者と死者が同一次元に共存している。それなのに、少しも違和感を抱かせないのである。黒沢マジックともいうべき、不思議な感覚だ。

夫の優介に扮するのは、浅野忠信。黒沢作品は「アカルイミライ」(2003)以来の出演だが、相性がよいのだろう。死後3年もたって突然帰還する男という難役を、衒(てら)いなく演じ切り、黒沢監督の期待に応えている。

妻の瑞希には深津絵里。思いがけない再会により、亡き夫との関係を見つめ直し、互いの愛情を確かめていく妻を淡々と演じ、深い共感を誘う。

二人が訪ね歩く町や村。そこには、優介と同じようにすでに死んでいる人間も現れる。優介との再会を果たし、吹っ切れたようにあの世へと戻って行く者。家族への未練を断ち切れず、この世にしがみついている者。

死者たちにも、それぞれドラマがある。彼らの人生を目撃し、関わりながら、優介と瑞希は、自分たちの旅の終着点に向かって歩を進めて行く。

死によっても分かつことのできない、究極の夫婦愛を描くメロドラマ。だが、シリアス一辺倒ではない。あちこちに、ホラーやコメディの味付けがしてある。シュールなムードも溢れている。小松政夫をはじめ、脇役にいい芝居をさせている。まさに黒沢ワールド全開の作品なのである。

岸辺の旅

2015、日本/フランス

監督:黒沢清

出演:深津絵里、浅野忠信、小松政夫、蒼井優、柄本明

コピーライト:© 2015「岸辺の旅」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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