外国映画

映画レビュー「燃ゆる女の肖像」

2020年12月4日
望まぬ結婚を控えた貴族の娘。その肖像画を描く女性画家。二人は恋に落ちる。別れの時を前に、彼女たちのとった行動は――。

恋の炎は永遠に燃え盛る

18世紀、フランス・ブルターニュの孤島。一人の女性が小舟から降り立つ。この島に豪邸を構える伯爵夫人から、結婚を控えた娘の肖像画を描くよう求められ、やってきた画家のマリアンヌ(ノエミ・メルラン)である。

途中、持ち込んでいた箱が海に落下する。すると、マリアンヌはすかさず服のまま飛び込む。箱の中に入っているのは商売道具の画材。失うわけにはいかないのだ。

男性的ともいえる強靭な意志、果敢な行動力。とは言え、濡れた服を脱いで暖炉の前に晒される肉体には、まぎれもない女のエロスが漂う。

そんなマリアンヌのモデルとなるのは、エロイーズ(アデル・エネル)。結婚を拒否しているため、彼女を真正面からは描けない。そこで、散歩の同伴者を装い、観察し、隙を見て描き上げるよう、夫人から指示される。

だが、隠れて描くことには限界がある。完成した肖像画を、騙された怒りも手伝い、全否定するエロイーズ。しかし、不本意なのはマリアンヌも同様だ。自らの手で絵を潰してしまう。

窮地に立たされたマリアンヌを救うのは、意外にもエロイーズ。「モデルになる」と言い出すのだ。

散歩を続けているうちに、マリアンヌとエロイーズとの間には、親愛の情が生まれている。「モデルになる」とは、マリアンヌともっと一緒に過ごしたいという意味だったろう。

だが、彼女たちがともに過ごせるのは、伯爵夫人が不在となる5日間のみ。限られた時間だが、若い召使のソフィを含めた3人の女だけの生活で、二人はそれまでの人生で経験したことのない、幸福と愉悦に自らを委ねていく――。

エロイーズと同じく結婚を強要され自殺した姉のエピソード。妊娠したソフィが下層の女たちの手を借り堕胎するエピソード。18世紀という時代に女たちが置かれていた状況も、さりげなく簡潔に描かれている。

しかし、不自由な時代だからこそ、マリアンヌとエロイーズの恋は輝きを放つのだ。こんな会話がある。

「あなたは緊張すると、唇をかむ」とマリアンヌ。するとエロイーズが「あなたは戸惑うと、口で息をする」と応酬する。もはや画派とモデルの関係ではない。互いに見つめ合い、求め合う恋愛関係の始まりが、端的に表現された、見事なシーンだ。

かくして二人の関係は急速に深まっていく。キスを交わした二人の離れた口と口。そこに1本の唾液が架かる場面。その繊細かつエロティックな描写に思わずため息が出る。

さらには、愛し合った後の、全裸のエロイーズ。その股間に鏡を置いて、マリアンヌが自画像を描く場面にも息を呑む。

エピローグとして描かれるのは、マリアンヌとエロイーズの二度にわたる“再会”だ。鮮やかに回収される伏線、そして長い長いワンカット撮影でとらえられる恍惚の瞬間。

セリーヌ・シアマ監督の類まれな構成力と映像感覚が光る、恋愛映画の傑作だ。

燃ゆる女の肖像

2019、フランス

監督:セリーヌ・シアマ

出演:アデル・エネル、ノエミ・メルラン

公開情報: 2020年12月4日 金曜日 より、TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマ他 全国ロードショー

公式サイト:https://gaga.ne.jp/portrait/

コピーライト:© Lilies Films.

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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