日本映画

映画レビュー「三月のライオン」

2021年2月25日
映画レビュー「三月のライオン」
兄を恋する妹。記憶を失った兄。やがて兄も妹を愛し始めるが――。危うさと美しさに彩られた、破格のラブストーリー。

禁断の愛を描いた傑作

年齢不詳の若い女性アイスと、わずかに年上の男性ハルオ。二人は実の兄妹である。アイスの本名はナツコだが、アイスキャンディを嗜好しているためか、自らアイスと名乗っている。

ハルオに恋するアイスは、ハルオの記憶喪失に乗じて、ハルオの恋人になってしまう。だが、ハルオの記憶が戻ればすべては終わってしまう。分かっていながら、アイスは前に突き進む。

盗んだバイクでツーリングし、ハルオは忘れていた感覚の一部を取り戻す。そして、その夜、二人は一線を越える。

いつ記憶が甦るかという惧(おそ)れで、精神が不安定になったか、アイスは中断していた売春を再開する。電話ボックスに写真を貼りつけ、声がかかるのを待ち、ラブホテルへ。

愛あるセックスと、お金や遊びのためのセックスは、別物。70年代フリーセックスの時代、そんなことを言う女性が街にあふれていたものだが、90年代を生きるアイスは、彼女たちよりもずっとナチュラルで、あっけらかんとしているように見える。無垢と放縦が矛盾なく共存している。

映画レビュー「三月のライオン」

それは、もちろん由良宜子という女優の個性があってのことだろう。妖精のような小悪魔のような、セクシーではあるが、何か生々しさを欠いた、透明感のある女性。由良の存在抜きに本作の成功は考えにくい。

薄膜をまとったような映像の効果も大きい。昼間はセピアっぽく、夜間や早朝はブルーがかった色調。セリフの少なさも相俟って、白昼夢のような印象を与えるのである。

ただし、茫漠としたイメージというのではない。どのカットをとっても、ロケーション、カメラポジション、人物配置が絶妙。おそらく、どの瞬間で映像を停止させようと、完璧な構図を保っているはずだ。

これをすべて撮影前に絵コンテ化していたとしたら、途方もない造形力の持ち主と言うしかない。

鏡像、鉄橋、解体現場などのメタファーも効いている。また、白昼夢のベールを一気に剥ぐような終盤の転調もすごい。

矢崎仁司監督にとっては二作目だが、まるで処女作のような初期衝動にあふれた作品だ。「詩的で独創的であり、大勢順応主義から意図的に逸脱している映画」を支援する目的で設立された、ルイス・ブニュエル「黄金時代」賞を受賞。ちなみに、同賞は、アニエス・ヴァルダ監督「ラ・ポワント・クールト」やタル・ベーラ監督「サタン・タンゴ」も受賞している。

三月のライオン

1991、日本

監督:矢崎仁司

出演:趙方豪、由良宜子、奥村公延、芹明香、内藤剛志

公開情報: 2021年2月26日 金曜日 より、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都他 全国ロードショー

公式サイト:https://uplink.co.jp/lion/

コピーライト:© Film bandets

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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