日本映画

映画レビュー「水の声を聞く」

2021年6月30日
インチキ教団に群がる連中が、それぞれの存亡をかけた争いを繰り広げる。笑いと惨劇が同居するスタイルは、山本政志監督の真骨頂。

ニセモノの巫女が失踪する

※“山本政志脳天映画祭”で上映中の1本。初公開時に書いたレビューを、一部加筆した上で掲載します。

新宿・大久保のコリアンタウン。マンションの1室で、若い巫女が信者たちに韓国語で託宣を述べている。「水がすべてを洗い流し、樹木が新たな力を生み出してくれます。穏やかな水の心と、柔らかな植物の愛で……」。

部屋の隅には満々と水を湛えた水槽が置かれている。「真教・神の水」という名の宗教団体。巫女はその教祖であるらしい。

この巫女、儀式が終了するや、ベランダに出ると、ケータイで友だちとおしゃべりを始める。先ほどまでとは打って変わった砕けた調子。しかも日本語。豹変である。ヒロインの表と裏の顔を鮮やかに対比させた、見事な導入部だ。

彼女の名はミンジョン。在日韓国人3世である。祖母が巫女だからと、親友の坂井美奈に勧められ占いを始めたところ、長蛇の行列ができるほど繁盛。これをきっかけに、やがて美奈が創設した「神の水」で巫女の座に就いた。

専門知識もないし、特別な訓練も受けていない。要するにニセモノの巫女。そもそも「神の水」自体が金儲け目的のインチキ教団なのだ。金の匂いを嗅ぎつけたのか、教団の運営には大手広告代理店の社員である赤尾が一枚噛んでいる。

軽い気持ちで引き受けた巫女の仕事。だが、信者が増え、スタッフが増えるにつれ、教祖としての責任が重くのしかかる。カリスマ性が高まるほど、実像とのギャップに苛まれる。ある日、ミンジョンは突如として引退を宣言し、姿をくらましてしまう。

偽物を演じる生活に疲れたミンジョンは、韓国人の親戚を訪ね、巫女の奥義にふれることで、真の信仰と使命に目覚める。一方、そんな彼女の思いとは関係なく、欲望、野望、復讐、さまざまな思いにかられた教団内外の人々が、それぞれの存亡をかけた争いを繰り広げていく。

そして、その争いが頂点に達したとき、ミンジョンの身に破滅的な危機が迫る。はたして、神は彼女を救ってくれるのか?

ミンジョン。その父親で、狂暴なヤクザに追われる三樹夫。ミンジョンの失踪中に巫女役を代行し、新たな教祖の座を窺う沖田。教団の黒幕として立ち回る赤尾……。それぞれの思いが交錯し、大きなうねりとなって、怒涛のクライマックスへとなだれ込む。

多数のエピソードを一つに収斂させる巧みな構成と、先読みさせないストーリーテリングは、確かな職人の証。笑いと惨劇が同居し、現実と幻想が地続きとなったスタイルは、比類なきアーティストの印だ。

娯楽映画であると同時に、芸術映画でもあり得ている。さすがは山本政志監督だ。さらに言えば、ヒロインのルーツにふれる部分で済州島四・三事件に言及。社会派的な色合いを帯びさせつつ、物語を大きく前進させる契機とするなど、凡手には真似できない芸当も見せる。

キャスティングもいい。ミンジョン役の玄里(ヒョンリ)をはじめ、全員がハマり役と言えるほど好演を見せている。中でも光っているのが、情けない男だが憎めない父親・三樹夫をコミカルに演じた鎌滝秋浩、そして妖しい魅力で男を手玉に取る沖田を演じた中村夏子。この2人の熱演は要注目である。

水の声を聞く

2014、日本

監督:山本政志

出演:玄里、趣里、村上淳、鎌滝秋浩、中村夏子、萩原利久、小田敬

公式サイト:https://www.ks-cinema.com/movie/yamamoto_masashi/

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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