外国映画

映画レビュー「ラストナイト・イン・ソーホー」

2021年12月9日
夢の中で60年代ロンドンにタイムスリップしたエロイーズ。歌手志望のサンディと同化し、不思議な体験を重ねていく。

憧れの60年代ロンドンへ

イギリスの田舎町に住むエロイーズは、大都会ロンドンに憧れを抱いている。それも現在のロンドンではなく、60年代のロンドン。ロック、アート、ファッションなど、若者文化の拠点として栄えた、古き良き時代のロンドンだ。

自室のドアには60年代ロンドンのシンボルだった通りの名であるCarnaby(カーナビ―)と書かれた札を下げ、聴く音楽も、ピーター&ゴードン、サンディ・ショウ、キンクスといった、当時のロックやポップスばかり。

エロイーズはそんな恋焦がれる街への切符をついに手に入れる。ロンドンのソーホー地区にあるファッション・デザイン学校に入学が決まったのだ。

お気に入りのLPレコードをバッグに詰め、エロイーズはウキウキ気分でロンドンに到着する。しかし、60年代オタクでしかもシャイなエロイーズは周囲から浮きまくり、寮生活からは脱落。ミズ・コリンズという年配の女性が営む下宿へと移ることになる。

その晩、意気揚々と街に繰り出したエロイーズ。暗い路地から大通りに出ると、なぜかそこは60年代のソーホーだった。伝説のクラブ“カフェ・ド・パリ”に入ると、さらに不思議なことが起こる。歌手志望のサンディという同じ年頃の女性が、いつのまにか自分と同化しているのだ……。

はっと目覚めるエロイーズ。夢だったのだ。こうしてエロイーズは眠りに入るたびに60年代へとタイムスリップし、自己実現のために頑張るサンディの人生を、我が事として目撃=体験していくことになる。

だが、サンディが簡単に夢を叶えられるほど、ショービジネスの世界は甘くなかった。そして悲劇が起こる――。

中盤から映画は不気味なムードに覆われ、犯罪の匂いが立ち込めていく。サンディが巻き込まれた事件はエロイーズの夢に過ぎないのか、それとも過去に起きた事実なのか。そもそもサンディは実在した人物なのか?

過去と現在を往復しながら、物語は核心へと迫っていく。加速する終盤の展開から、明らかになる驚きの真相。そこには意外な人物が関わっている。前半にヒントが示されるが、気づくのは簡単ではないだろう。

サイコホラーとしても、ミステリーとしても、十分に楽しめる作品。謎解きに挑戦してみるのもいいが、ヒロインとともに60年代のソーホーを体験してみるのもいい。CGを一切使わずロケ中心で再現されたスウィンギング・ロンドンの街並みやファッションは、全編に流れる60年代のブリティッシュ・ポップス&ロックとともに、本作を最大限に盛り上げる要素となっている。

タイトルの「ラストナイト・イン・ソーホー」は、「オーケイ!」(67)や「キサナドゥーの伝説」(68)が日本でもヒットし、それぞれカーナビーツ、ジャガーズの日本語カヴァー版もヒットした人気バンド、デイヴ・ディー・グループが68年に発表した曲の題名である。

日本では「ソーホーの夜」という邦題が付けられた。ソーホーに花咲いた恋が、犯罪のせいで儚(はかな)くも消えていく―そんな内容の歌だ。

そう言えば、本作で楽曲が使われているキンクスが70年にリリースした「ローラ」や「デンマーク・ストリート」もソーホーを舞台にした曲だった。

華やかさといかがわしさを併せ持つソーホー。そこには夢もあるが、幻滅もある。成功もあれば、挫折もある。

ソーホーは、あの特別な時代を象徴する、ある種、聖地のような場所と言えるだろう。ただし、聖地には悪魔も潜んでいる。聖地であると同時に魔界でもある。本作はそんなソーホーの不思議な魅力が存分に味わえる作品だ。

映画レビュー「ラストナイト・イン・ソーホー」

ラストナイト・イン・ソーホー

2021、イギリス

監督:エドガー・ライト

出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、テレンス・スタンプ、マイケル・アジャオ

公開情報: 2021年12月10日 金曜日 より、TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイント他 全国ロードショー

公式サイト:https://lnis.jp

コピーライト:© 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

配給:パルコ ユニバーサル映画

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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