労働者階級への共感
鮮烈な出産シーンで幕を開ける、ケン・ローチ監督の長編デビュー作。主人公はジョイという18歳の母親である。
ジョイの夫であるトムは、仲間たちと強盗をして生計を立てている刹那的な若者。ジョイに言わせれば「クズみたいな男」だ。
結婚生活は粗末なアパートから始まるが、ほどなくトムが大金を手にし、郊外の瀟洒な一軒家に引っ越す。ところが、裕福な暮らしもつかの間。銀行強盗に失敗したトムは、あえなく刑務所行きとなる。
ジョイは叔母の住居に居候する。老朽化した集合住宅に住む叔母は、溜まった家賃を体で支払うことを躊躇しない、いわゆるビッチだ。だが、ジョイはそんな叔母の行動にさほど違和感を抱いていない。貧しい環境が倫理観を麻痺させてしまっているのだろう。
その後、強盗団の一味であるデイヴと親しくなったジョイは、息子のジョニーを連れてデイヴの安アパートに移り住む。そこはデイヴの兄が刑務所に入り空家になっていた物件である。兄弟そろって強盗なのだ。
それでも、息子のジョニーと3人、楽しい生活が続く。しかし、デイヴもまた逮捕され、刑務所に入ってしまう――。
ジョイやデイヴをはじめ、登場人物はほとんど労働者階級であり、その後のケン・ローチ作品のまさに原点を成す作品と言える。イギリスにおいて階級間の壁は容易に崩せないという認識は、ケン・ローチ作品のブレない軸だが、本作では、階級の象徴が言葉だという点が一つ強調されていて、印象に残った。
ジョイは高い階級の人々が話す上品な英語(クイーンズ・イングリッシュ)を話せない。それで、労働者階級を抜けられない。「あなたのように話したい」と、ジョイが愛人の男に語る場面は痛切だ。ここには、労働者階級からオックスフォード大学に進んだケン・ローチ自身の姿もダブって見える。
労働者階級への共感と肯定。後続の作品群にも貫かれるケン・ローチのメンタリティは、ジョイの人物造型の中に感じ取ることができるだろう。
ジョイはデイヴの服役中、さまざまな男と浮気するが、心にはいつもデイヴがいる。ジョイは息子を育てるためにパブで働きながら、デイヴを愛し、その愛を獄中のデイヴに宛てた手紙に認(したた)め続ける。
劇中、手紙の文面はジョイのモノローグとして流され、この映画に特有のリズムを与えるとともに、一人の男を健気に愛し続けるジョイに対する観客の感情移入をかき立てる。
本作をきっかけにハリウッド進出したキャロル・ホワイトが、たくましくも魅力的なシングルマザーを好演している。
夜空に星のあるように
1967、イギリス
監督:ケン・ローチ
出演:テレンス・スタンプ、キャロル・ホワイト、ジョン・ビンドン、クイーニ・ワッツ、ケイト・ウィリアムス
公開情報: 2021年12月17日 金曜日 より、新宿武蔵野館他 全国ロードショー
公式サイト:https://yozoranihoshi.com
コピーライト:© 1967 STUDIOCANAL FILMS LTD.
配給:コピアポア・フィルム
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