日本映画

映画レビュー「冷たい熱帯魚」

2021年12月31日
小さな熱帯魚店を営む内気な主人公の前に、同業の男が現れる。やり手の経営者と思われたが、実は冷酷非情な殺人鬼だった。

でんでんが悪役を好演

※「エッシャー通りの赤いポスト」公開中の園子温監督作品「冷たい熱帯魚」(2010)公開時に書いたレビューを、一部加筆した上で掲載します。

主人公は、小さな熱帯魚店を営む内気な中年男。思春期の娘と若い後妻との折り合いの悪さに悩みつつ、和解の道も見出せぬまま、崩壊寸前の家庭生活を送っている。

そんな主人公の前に、大型熱帯魚店を経営する男が現れる。同業者だが、性格は主人公と正反対。口八丁手八丁で、すべてを思いどおりにコントロールしてしまう凄腕の人物だ。

男はたちまち主人公の娘を手なずけたかと思うと、あろうことか、主人公の妻と肉体関係までもってしまう。あまりに常軌を逸した男の行動。いったい狙いは何なのか?

やがて、男は主人公の前に正体をさらけ出す。単なるやり手の経営者と思われたこの男、実は、偽の儲け話で人をだまし、金と命を奪い取る、冷酷非情な犯罪者だったのだ。しかし、その事実を知ったとき、主人公はもはや逃れられない状況にはまり込んでいた――。

凶悪な男の罠に落ち、地獄へ引きずり込まれていく男の絶望を描く「冷たい熱帯魚」。「愛のむきだし」(2009)で世界中の映画人、映画ファンをどよめかせた園子温監督が、再び世界を震撼させる、新たな問題作だ。

ことの発端は、ある雨の夜。地元のスーパーから社本(吹越満)の家に電話が入る。娘の美津子(梶原ひかり)が万引きをしたというのだ。妻の妙子(神楽坂恵)とともに車で駆けつけてみると、村田(でんでん)という巨大熱帯魚店のオーナーが、美津子のためにスーパー店長をとりなしてくれていた。

いかにも好人物らしい村田は3人を自分の店に案内すると、美津子に販売スタッフとして働くよう勧める。継母の妙子を嫌っていた美津子にとって、悪い話ではない。村田の申し出を、美津子は受け入れる。社本にも反対する理由はなかった。

だが、それは村田が社本に仕掛けた罠だった。住み込みで働かせたのは、美津子の人質化を意味していた。さらに、村田は妙子を事務所に呼び出し、強引に肉体関係を結ぶ。これも同じく罠。体を奪うことによる人質化である。

すべては、事前に社本の家族関係を調べたうえで実行された計画だ。こうして娘の心と妻の体を支配し終えた村田は、ついに快活な経営者という仮面を脱ぐ。

村田に扮したでんでんの狂気あふれる演技に注目したい。これまでのキャリアでは珍しい悪人の役。しかも、悪人でありながら、ときに人間的なやさしさ、弱さも垣間見せる、複雑な人物。日本映画ではかつて見られなかったユニークな人間像を、圧倒的な存在感で演じている。

驚愕のラストには、「愛のむきだし」とは対照的に絶望感が漂う。とはいえ、両作品には共通点も多い。たとえば、村田の経営する熱帯魚店の女性スタッフ集団は、「愛のむきだし」のカルト教団のメンバーを彷彿とさせる。

ほかにも、マリア像、幼児期のトラウマ、家族の崩壊など、両者は多くの点で重なり合っている。園子温という映画作家の発想やスタイルを理解するためにも、ぜひ「愛のむきだし」と見比べてみてほしい。

冷たい熱帯魚

2010、日本

監督:園子温

出演:吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、梶原ひかり、渡辺哲

コピーライト:© NIKKATSU

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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