日本的精神風土を照射
某一流ホテルチェーンが所有する海辺の保養所。若手を中心に社員たちが集まってくる。二泊三日の合宿である。
二カ月前、社内でセクハラ事件が起きていた。その影響で会社は経営危機に陥り、職場の雰囲気も悪くなっていた。この沈滞ムードを変えようと企画されたのが、今回の旅行というわけだ。
参加メンバーは、セクハラ被害者である大庭早紀と、頼りになる先輩の木下。今回の小旅行でゲイであることをカミングアウトする拓と、そのパートナーである修。女性関係に積極的な独身中年の野田と、同伴の女性。早紀に密かな恋心を抱く小林。旅行を企画した御所。御所の友人で写真撮影を担当する小津。そして、アルバイト社員の篠田。
社外の人間も混じり、メンバー同士は必ずしも親しいわけではない。加えて、早紀が発する負のオーラは、場の空気を重苦しいものにしている。
セクハラ自体のショックに加え、その後SNSで名前や写真を晒されてしまったこと、そして、その犯人が内部の者である可能性が高いことで、早紀は疑心暗鬼になっていた。
そんな早紀に同情する者もいるが、早紀がセクハラを誘発したのではないかと責める声、相手はその気がなかったのではないかと加害者を擁護する声のほうが大きい。早紀が孤立状態に立たされる中、プログラマーの拓がSNSの発信先を特定。犯人探しが行われる――。
SNSでの誹謗中傷は、早紀だけでなく、会社や社員にも甚大なダメージを与えた。その犯人を憎む気持ちはメンバーのほぼ全員が共有している。犯人を突き止めたい。
だが、一方で、仲間を信じたいという気持ちもある。仲間が犯人とは思いたくない。相反する感情がせめぎ合う。前半のクライマックスである。
事件の解決を図るための犯人探しは、結果的にメンバーの分裂、離反を招いて、決着は半年後の二度目の合宿に持ち越される。
後半のハイライトは、早紀に思いを寄せる小林の暴走だ。内気でオタク体質の小林が、早紀の先輩である木下に恋のアドバイスを求め、木下相手に告白のリハーサルをするシーンは、ユーモラスであり、不気味でもある。早紀を相手とする本番では、小林の本性がむき出しになり、決定的な事実も明らかになる。
そして、いよいよ白熱化するセクハラ論争。木下と同年配の女性管理職・牛原が、早紀の今後をめぐり火花を散らす場面には、「職場での生き方」という本作のテーマが凝縮されており、圧巻である。
つねに早紀に寄り添い、彼女の味方であり続けた木下が、ここで容赦なく叩かれ、追い込まれる。不条理だ。しかし、それが現実なのだ。
早紀が密室で上司から受けるセクハラのシーンは短い。セクハラそのものに焦点を合わせた映画ではない。セクハラを取っ掛かりに、“職場”の人間関係を描き、そこに息づく日本的精神風土に光を当てた作品なのだ。
舞台設定のみ与えられた俳優が、セリフも含め即興で演じたという。そのためか、全編に只ならぬ緊張感と迫真性が漲(みなぎ)っている。そして、モノクロ映像がその迫力を支えている。
メッセージ性を前面に打ち出した社会派の映画でありながら、サスペンス映画、ミステリー映画として楽しむこともできる。快作である。
ある職場
2020、日本
監督:舩橋淳
出演:平井早紀、伊藤恵、山中隆史、田口善央、満園雄太、辻井拓、藤村修アルーノル、木村成志、野村一瑛、万徳寺あんり、中澤梓佐、吉川みこと、羽田真
公開情報: 2022年3月5日 土曜日 より、ポレポレ東中野他 全国ロードショー
公式サイト:http://arushokuba.com/
コピーライト:© 2020 TIMEFLIES Inc.
配給:株式会社タイムフライズ