日本映画

映画レビュー「夜を走る」

2022年5月12日
内気な男が、女の態度に逆上し、殺してしまう。同僚と偽装工作し、上司に罪をなすり付けた。すると、全く新しい人生の扉が開ける。

異形の犯罪サスペンス

真面目だけが取り柄の四十男・秋本。鉄くずのスクラップ工場で不向きな営業を担当している。何事にも不器用で、恋愛も苦手。フィリピンパブの外人ホステス以外に女性との接触はない。

そんな秋本が、取引先から営業にやって来た新人の理沙にのぼせ上がる。年下の同僚・谷口が秋本のためにと理沙を誘った酒席で、社交辞令を真に受け、その気になってしまったのだ。

しかし、理沙が嘘をついていたと気付くや、秋本はかっと逆上。理沙に暴力をふるい、死なせてしまう。内気な男の暴発。怖い。

さっそく工場に警察の捜査が入る。意外にも、疑いを向けられたのは上司の本郷だった。理沙の最後の通話相手が本郷だったのだ。

しめたとばかりに、谷口はさっそく偽装工作し、大嫌いな本郷を犯人に仕立て上げようとする。無実の本郷に罪を着せることに秋本は罪悪感を抱くが、谷口の熱心な説得に抗うことはできなかった。

さて、秋本と谷口はこのまま警察を欺き通すことができるのか。それとも犯行は発覚してしまうのか――。スリリングな攻防が展開し、見応えある犯罪サスペンス映画が紡がれるのだろう。ワクワクしてスクリーンに見入る。

だが、期待はあっさり裏切られる。犯行後、ひとり鬱々とした日々を送っていた秋本が、いきなり本筋から離脱し、異次元の世界へと飛び込んでしまうのだ。

そのあまりに唐突な転調は、ちょっとした衝撃である。幻覚とも超常現象ともつかぬ、不思議な存在に導かれるようにして、秋本はカルト教団まがいの不思議な団体に足を踏み入れるのである。

その瞬間、世界はがらりと変わってしまう。勤めていたスクラップ工場とは対照的に、汚れ一つないモダンな建物。壁に開いた小さな窓から、無数の眼が秋本を見つめる。不気味でシュールな光景。人生に傷つき疲れた多数の男女が集まっている。

秋本は、この異世界で自らを解き放ち、前向きな人生を歩み始める。だが、現実が消えてしまうわけではない。スクラップ工場は変わらず操業し、警察の捜査も続いている。犯罪サスペンスは継続しているのである。

同僚の谷口は、警察に嘘がバレないかと怯えながら、妻と娘との家庭生活を守っている。互いに浮気をして冷え切った夫婦であるはずなのに、夫の犯罪関与に気付いた妻は、慌てて夫との関係を修復しにかかる。

一方、面倒を避けたいスクラップ工場の社長は、谷口が本郷の車に積んだ死体の処理に、出入りの業者を利用するが、ヤクザに脅され、醜態をさらす。

秋本の犯行は、彼自身ばかりでなく、谷口をはじめとする周囲の人間をも巻き込み、それぞれの人間性を露わにしていくのだ。

佐向監督は、ホラーやスラップスティックなど、さまざまなジャンルを行き来する実験的な演出で、罪を犯してしまった人々、罪に加担してしまった人々がジタバタともがく姿を、寓話風に描き出していく。

犯罪サスペンスの王道をあえて踏み外し、変則的な人間ドラマを構築する道を選んだ佐向監督。しかし、前作「教誨師」(2018)を見ていれば、その選択はごく自然なもののように思える。

死刑囚という罪人に焦点を当て、その人間性を正面から見つめた同作のテーマは、本作に直結している。脚本を書いた「休暇」(2008)も含め、犯罪者に気持ちを重ね合わせてきた佐向大だからこそ作り得た作品と言えるだろう。

映画レビュー「夜を走る」

夜を走る

2021、日本

監督:佐向大

出演:足立智充、玉置玲央、菜葉菜、高橋努 / 玉井らん、宇野祥平 / 松重豊

公開情報:2022年5月13日(金)よりテアトル新宿、5月27日(金)よりユーロスペース他全国ロードショー

公式サイト:http://mermaidfilms.co.jp/yoruwohashiru/

コピーライト:🄫2021『夜を走る』製作委員会

配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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