映画愛あふれるロードムービー
国内大手の映画祭で受賞し、海外でも特集上映されるなど、一部の映画マニアにはよく知られるが、一般的知名度はほぼゼロ。そんな渡辺紘文監督が本人役で主演する異色のロードムービーである。
“世界の渡辺”を自称しつつも、新作の予定もオファーもなく、地元・栃木で無聊(ぶりょう)をかこつ渡辺。ある日、吉報が舞い込む。あの有名な是枝監督のピンチヒッターとして、沖縄で映画を撮らないかというのだ。
二つ返事で引き受けた渡辺は、直ちに沖縄へ向かう。ところが、現地で待っていたのは、金と女以外には興味がなさそうな、いかにも成金ふうの“社長”だった。
「俺を主人公に映画を撮ってくれ」。企画もへったくれもない。無茶な要求に応えようと四苦八苦する渡辺だったが、結果が出せず、あえなくお払い箱となる。失意に沈む渡辺。
しかし、せっかく沖縄まで来たのだ。このまま帰るわけにはいかない。渡辺は各地のミニシアターをアポなしで訪れ、自作映画の売り込みを始める。
沖縄の首里劇場を皮切りに、別府のブルーバード劇場、小倉の昭和館……。コロナ禍の逆風を受けながら必死に踏ん張るミニシアターの館長に、同じように弱い立場のインディーズ監督が頭を下げる。ともに力はないが、志は高い。そんな両者の魂が触れ合う瞬間が、次々と切り取られていく。
兵庫の豊岡劇場以外は、実際の館長たちが本人役で出演。ミニシアターの置かれた窮状を自分たちの言葉で語っていく。このあたりは限りなくドキュメンタリーに近い。
館長たちの映画産業への思いが溢れる。渡辺がその感情を共有する。さらに観客がそれを追体験する。映画愛が画面いっぱいに横溢する。
だが、本作にはそれとは別の魅力がある。渡辺は映画館を求めて街から街へと巡っていくのだが、行く先々で、必ず一人の美しい少女が現れるのだ。
最初に姿を見せるのは、ブルーバード劇場のある別府。温泉宿に泊った渡辺が歓楽街で出逢い、情を交わす少女だ。
この少女が渡辺の登る鳥取砂丘の頂上にも現れる。現実なのか幻想なのか判然としない映像。渡辺を一瞬で虜にした、いわば“ファム・ファタ―ル”が渡辺の魂に棲みつき、イメージする少女を同じ容姿へと変えてしまっているかのようだ。
少女が着物姿で温泉街を歩き、湯煙たなびく浴場の方へと消えていく。その後ろを浴衣姿の渡辺が追う。ちょっとラブサスペンスのような趣である。
彼女は、ほかにもカフェの店員や、豊岡劇場では館長の娘として登場する。館長の娘はダンサーでもあり、渡辺と映画館の中や、街の中で踊ったりする。これも、リアルなのかファンタジーなのか分からない。渡辺の空想の産物なのだろうか。
彼女は渡辺が最終地へ向かう直前に訪れた札幌にも現れる。まるで渡辺を待ち構え、渡辺のミューズとして、渡辺を映画館巡りへと誘(いざな)っているかのように。
演じるのは本作が映画デビューとなる平山ひかる。その美しくも妖しいルックスと圧倒的な存在感で、全編に輝きを放っている。
監督は、大阪を拠点に国境を超えた創作活動を続けるマレーシア出身の監督、リム・カーワイ。映画監督であり俳優でもある渡辺紘文という強烈な個性を生かしながら、映画愛あふれる無類のロードムービーを完成させた。
あなたの微笑み
2022、日本
監督:リム・カーワイ
出演:渡辺紘文、平山ひかる、尚玄、田中泰延
公開情報:2022年11月12日 土曜日 よりイメージフォーラム、12月3日 土曜日 よりシネ・ヌーヴォ他全国ロードショー
公式サイト:https://anatanohohoemi.wixsite.com/official
コピーライト:©cinemadrifters
配給:Cinema Drifters