日本映画

映画レビュー「にわのすなば」

2022年12月9日
交通量調査だと思っていた仕事はタウン誌の取材だった。初めて訪れた町で、彼女はさまざまな人々とうたかたの時を過ごす。

ヒロインに天然の存在感

「とばっこ」というタウン誌のオフィス。編集長らしいタノという女性と面接しながら、ぼんやりと窓外の風景を眺めているのは、サカグチという女性である。

高校時代の男友だちであるキタガワの紹介で、リサーチのバイトをすることになっていたのだ。

ところがタノはサカグチを映像作家と思い込んでいたので、カメラを触ったこともないサカグチは慌てて逃げ出してしまう。キタガワが適当なことを吹き込んでいたのだ。

「リサーチっていうから交通量の調査だと思ってた」。そう言って帰ろうとするサカグチを、外で待っていたキタガワが引き止める。自宅の猫の世話ぐらいしかやることのないサカグチは、キタガワに付き合うことに。

“とばっこ”とは十函というこの町の人々を意味するらしい。本作は、この架空の町を、他所の町からバイトにやって来たサカグチが彷徨い、さまざまな人々との出会いを重ねていく三日間を追った映画である。

サカグチの最初の同行者となるのは久しぶりに会ったキタガワだ。小説家志望で「とばっこ」のライター。生まれ育った十函にはそれなりに思い入れがある。橋から川を眺め、自分の心象風景だと語る。

先に歩くサカグチをキタガワが3メートルほど後ろから追って行く。その縦並びの距離感が微妙にして絶妙。いい映像だ。

二人は鋳物工場の工員を取材した後、キタガワの高校時代の担任だという釣り人と遭遇。彼の口から語られるキタガワの女性関係が、この先の展開で重要なエピソードとなってくる。

「飲もうか」ということになった二人。だが、キタガワはタノに呼び出され、行ってしまう。日暮れまで公園で待つがキタガワは戻ってこない。

しかたなく一人で歩き始めると、突然、空から布団が降ってくる。スナックの二階の窓から落ちたのだ。頭から布団を被ったまま店に入ったサカグチは、女主人のもてなしを受け、一晩泊めてもらう。

翌朝、女主人の自転車に二人乗りで向かったのは、当初の取材目的地だった“マスコさんち”だった。

とばっこ憧れの人として有名なマスコさん。その家にはキタガワと付き合っていたヨシノが先に来て取材をしていた。二人でウェディングドレスを着せられて、ハサミで切られて……。

ヨシノの友だちでスケボーが趣味のカノウとも知り合い、クライマックスは鋳物工場でのダンスと花火。そして、最後の夜が明ける。

かつては鋳物工業が盛んだった十函も、今は多くの工場が廃業し、跡地は駐車場や空き地になっている。衰退する日本を象徴するような町。だが、そこには“とばっこ”一人ひとりの記憶や感情が息づいている。

余所者(よそもの)のサカグチはうたかたの時を彼らと共有し、それを彼女自身の記憶に加え、去って行くのだろうか。

サカグチに扮したカワシママリノのすっとぼけたような佇まいが、この映画に独特の風味を与えている。

「交通量調査だと思ってた」というセリフも、「それ(怪しげなグミ)を食べたらキマっちゃうよ。戻ってこれないよ」というヨシノに「どこに? ここに?」と真顔で尋ねるところも、そんなに高くない柵を乗り越えられないところも、スケボー未経験なくせに一人で乗ろうとして止められるところも、布団が頭に被さるところも。

随所にカワシマの醸し出す空気が溢れている。余人を以て替え難い、カワシマならではの存在感。

本作撮影に当たって、スタッフやキャストは、ジャック・ロジエの「メーヌ・オセアン」を見たというが、むべなるかな。

笑いはあえて作るものではない。自ずと生まれるものだ。シチュエーションがあり、そこに適役の俳優がいれば、笑いは起こるものなのだ。思いきり笑わせられたが、同じくらい寂しい気持ちにもさせられた。不思議な作品だ。

映画レビュー「にわのすなば」

にわのすなば

2022、日本

監督:黒川幸則

出演:カワシママリノ、新谷和輝、村上由規乃、柴田千紘、西山真来、佐伯美波、中村瞳太、遠山純生、風祭ゆき

公開情報: 2022年12月10日 土曜日 より、ポレポレ東中野他 全国ロードショー

コピーライト:© kinokoya2022

配給:キノコヤ映画

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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