自由と幸福を求める女性描く
1975年に女性監督として初めてベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞。その後もカンヌを始め、数々の国際映画祭で高い評価を受けてきたメーサーロシュ・マールタ。間違いなくアニエス・ヴァルダやシャンタル・アケルマンと並ぶ偉大な映画作家である。
にも関わらず、これまで日本では作品が劇場公開されることはなかった。2017年より初期作品の修復作業が進み、世界的再評価の気運が高まる中、ついに初期の代表作5本がレストア版で日本初公開される。
男性優位の社会構造や旧弊な共同体に抗いながら、自由と幸福を求める女性たちを描いたメーサーロシュの作品は、製作から40~50年経た今日もなお、変わらぬ訴求力で見る者を圧倒する。
「ドント・クライ プリティ・ガールズ!」
ヒロインのユリは同僚の男と婚約している。まもなく結婚するというのに、婚約者はちょっとした不良で、ユリの目を盗んでは別の女とキスするような遊び人である。
そんな婚約者に対する当てつけでもあろうか、ユリはバンドで演奏するチェロ弾きの青年に急接近する。青年に誘われるまま演奏会に出かけ、盛り上がってキス。青年が出演するライヴにまでバスで同行する。まるで駆け落ちである。
怒った婚約者らのグループが二人を追ってくる。草原でじゃれ合うユリと青年。追いかけてくる婚約者たち。カメラが俯瞰で彼らの姿を追う。引きで見ると爽やかで若々しく、いかにも青春映画の趣である。
走り疲れてゴロリと転がる婚約者たち。その間にユリとチェロ弾きの青年は――。
全編に絶えずハンガリー製のロック・ミュージックが流れる。70年の作品ということもあり、資本主義社会で起きたロック・レボリューションやヒッピー・ムーブメントの風が、社会主義社会にも吹いていたことがよく分かる。
その開放的な空気が、ユリの行動を誘発しているのかもしれない。若者の恋愛騒動を描いた作品。だが、一方で、工場で汗を流し、寮で共同生活をする彼らの退屈で窮屈な日々にも尺を割いており、決して単純な若者映画ではない。
「アダプション/ある母と娘の記録」
工場で働く43歳のカタは妻子持ちの男と不倫関係を続けている。子供を生みたいと思っているが、愛人はカタの願いを頑として聞き入れない。
悶々と日々を過ごすカタの家に、ある日、寄宿学校の生徒であるアンナとその友人たちがやってくる。アンナが恋人と過ごすための部屋を求めていると言うのだ。
寄宿学校を訪ね、親に捨てられたアンナらの境遇に同情したカタは、アンナの面倒を見ることにする。恋人との結婚を望んでいるが、親の承諾という壁に突き当たっているアンナ。自分の子を生みたいという叶わぬ願望を持つカタ。二人は年齢差を超えた共感で結ばれ、しだいに親しさを増していく。
アンナの希望は実現される。一方、出産をあきらめたカタは、それでも子供がほしいという願いを捨てられず、最後にある行動に出る――。
結婚という枠組みの外で子を授かることの困難は、今日も変わらない。父親の存在なしに女性が子の親になってはいけないのか。親に捨てられた子はいかなる人生を歩むのか。いまだに古びることのない議論が突き付けられる。
カタの愛人役で出ているサボー・ラースローは、ゴダール作品で常連だったラズロ・サボ。多くの日本人同様、ハンガリー人は国外に出ると姓を後に、名を先に名乗るため、表記が変わっている。
「ナイン・マンス」
新人として工場で働くことになったユリに、工場主任のヤーノシュはひと目で恋をする。嫌がるユリを強引に誘い、何と二日目には一緒に暮らす仲になる。
にもかかわらず、ユリはつれない態度を崩さない。実はユリには不倫で生まれた息子がいて、一緒に過ごす時間が必要だったのだ。
会えない時間に誰と何をしているのか尋ねるヤーノシュ。答えないユリ。しかし、ユリの後をつけたヤーノシュは、子供とソリで遊ぶユリを目撃し、事実を知ってしまう。独身の処女という幻想が崩れ、激しく動揺するヤーノシュ。
不倫相手だった大学教授と友人として付き合いながら、ヤーノシュとの恋愛を続けるユリ。家族や親戚にユリの過去を隠しながらも結婚を望むヤーノシュ。二人の価値観は決して交わることがなく、関係は決裂する。やがて、ユリの体に異変が起こる――。
ラストシーンの露骨さに度肝を抜かれる。なぜ、ここまでやる必要があったのか。ここまで見せなければいけないのか。今回上映される5作品中、最もショッキングな場面と言ってよい。
「マリとユリ」
主婦のマリは、縫製工場の寮長だ。ブダペストに夫と子供を残し、単身赴任している。成り行きで、子持ちの若い主婦であるユリを寮の自室に同居させることになった。
ユリはアルコール依存症で荒れる夫から逃げるように、幼い娘を連れて工場に飛び込んできたのだ。夫を愛していないわけではない。会って触れ合えば気分が高まりセックスをしてしまう。
一方、マリは封建的な夫の反対を振り切って、家を飛び出し働いている。夫婦関係はずっと前から冷え切っている。恋とか愛とかは長らくご無沙汰。
マリに誘われて映画を見に行ったとき、マリが同伴した男友達からキスされたが、それは結婚以来20年で夫以外の男からされた初めてのキスだった。その晩、夫と久々のセックスに及ぶも、快感は得られなかった。
そんな二人に転機が訪れる。ユリは、夫がアルコール依存症の治療のため入院。マリは、夫が仕事でモンゴルに単身赴任することになったのだ。
「アダプション/ある母と娘の記録」と同じく、女性同士が共感し連帯する物語である。味気ない結婚生活に甘んじていたマリが、ユリと交わることで、内なる怒りや不満を募らせ、人間的になっていく様子を、マリナ・ヴラディが実に生き生きと演じていて、素晴らしい。
「ふたりの女、ひとつの宿命」
貧しいが芸術的才能に恵まれたイレーンと、裕福な友人のスィルヴィア。二人は親しい友人同士だ。
スィルヴィアには陸軍大尉の夫がいるが、子宝に恵まれない。不妊症なのだ。スィルヴィアの父親は、娘の子供に全財産を相続させたい旨を宣言する。
困ったスィルヴィアは、親友のイレーンに代理出産してほしいと、夫との性交渉を持ちかける。驚いて拒絶するイレーンだったが、やがて夫と密会すると、予想外に恋愛感情が芽生え、たちまち男女の関係となる。
こうしてスィルヴィアと夫との関係は壊れ、夫はイレーンと深く愛し合う。
時あたかもナチズムが社会を支配し、ユダヤ人の排斥が始まった。ユダヤ人のイレーンを守るため、夫はスィルヴィアの身分証を与え、二人で生活を始めるが――。
女性同士の友情の物語だったはずが、感情の罠によって、裏切りと破滅の物語へと転じていく。己の意思とは異なる方向へ流され、さらにナチズムの嵐に巻き込まれ、悲劇の女となるイレーンに扮するイザベル・ユペールが絶品だ。
ドント・クライ プリティ・ガールズ!
1970、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:ヤロスラヴァ・シャレロヴァー、ザラ・マールク、バラージョヴィチ・ラヨシュ
アダプション/ある母と娘の記録
1975、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:べレク・カティ、ヴィーグ・ジェンジェヴェール、フリード・ペーテル、サボー・ラースロー
ナイン・マンス
1976、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:モノリ・リリ、ヤン・ノヴィツキ
マリとユリ
1977、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:マリナ・ヴラディ、モノリ・リリ、ヤン・ノヴィツキ
ふたりの女、ひとつの宿命
1980、ハンガリー/フランス
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:イザベル・ユペール、モノリ・リリ、ヤン・ノヴィツキ、ペルツェル・ズィタ、サボー・シャーンドル
公開情報:2023年5月26日(金)より、新宿シネマカリテ他全国ロードショー
公式サイト:https://meszarosmarta-feature.com/
コピーライト:©National Film Institute Hungary -Film Archive
配給:東映ビデオ