いつまでも見ていたい
夏になると無性にジャック・ロジエの映画が見たくなる。だが、そもそも見る機会が滅多にない。そんな欲求不満を解消してくれる特集上映がスタートする。題して「みんなのジャック・ロジエ」。
今回のラインナップは長編4本と短編2本。長編は、ジャック・ロジエと言えば、まずこの作品というほど有名な「アデュー・フィリピーヌ」(62)に、「オルエットの方へ」(71)にも出演した名優ベルナール・メネズの主演作「メーヌ・オセアン」(85)、そして「トルテュ島の遭難者たち」(76)、「フィフィ・マルタンガル」(2001)の劇場初公開作2本だ。
短編は、「バルドー/ゴダール」(63)、「パパラッツィ」(63)。いずれもゴダールの「軽蔑」(63)撮影時に、カプリ島のロケ現場およびその周辺で撮った貴重な記録映像だ。
冒頭に書いたように、夏に見たくなるのは、この季節のヴァカンスを描いた作品が多いからだが、今回の特集では「アデュー・フィリピーヌ」と「トルテュ島の遭難者たち」という、とびきりの2本が入っていて、思わず小踊りしてしまう。
まず、見るたびに青春期へと引き戻される「アデュー・フィリピーヌ」。兵役を控えた青年ミシェルが、入営までの日々をリリアーヌとジュリエットという2人の娘と、コルシカ島で過ごす物語だ。
燦々と降り注ぐ陽光、波間に揺れる月明かり。時の移ろいの中で、3人の気持ちも揺れ動く。即興なのか、周到に演出された芝居なのか。あまりに自然な彼らの演技が、見る者を作品世界へと引きずり込む。そして、船上のミシェルに手を振る娘たちのように、エンディングでは映画との別れを惜しむのである。
世の中には、どんな結末を迎えるのか興味をかき立てられるタイプの映画と、いつまでも結末を迎えてほしくないタイプの映画があると思う。「アデュー・フィリピーヌ」を筆頭に、ジャック・ロジエの映画の多くは後者に属している。
作品世界に没入するあまり、いつまでも映画の登場人物とともに生き続けたいという、非現実的な願望を抱いてしまうのだ。
「トルテュ島の遭難者たち」も、まさにそんな映画である。旅行代理店に勤めるボナヴァンチュールが、無人島でロビンソン・クルーソーのようなサバイバル生活を送るというツアー企画を打ち出し、採用される。
さっそくモニターツアーを実施。10名ほどの参加者を路線バスに乗せて海に向かうが、途中、ライトの故障でバスはストップ。しかたなく山道を徒歩で進み、古びた小屋で一夜を明かした後、さらに山歩きした末、ついに海岸に到着。船で無人島に向かう。
隊長気取りでツアーを率いるボナヴァンチュール。だが、リゾート気分で参加した旅行客たちは、誰ひとり彼の指示に従わず、離脱者まで出る始末。そこでにわかに存在感を示し始めるのが、ボナヴァンチュールに同行した「プティ・ノノ」だ。
兵役で海軍にいたノノは、ボナヴァンチュールの足らざる部分を補い、何とかツアーを成功させようと頑張るが――。
船上の場面で唐突にナレーションが入る。ツアーの参加者で、広報アシスタントのジュリー。それまで特に目立つ存在ではなかった彼女が、いきなり本作の語り手として浮上する。ジュリーはこの後、ノノとともに無人島に渡り、物語の中心人物となる。
一方、ボナヴァンチュールは一人で無人島に向かって泳ぎ出すが、行方不明となってしまう。ノノとジュリーは、山の中を歩きボナヴァンチュールを探し回るが――。
ノノとジュリー。思いがけないペアが生れ、これからという時に、映画は幕を閉じてしまう。だが、彼らの物語はそこで終わったわけではなく、おそらくその後も続いていく。
続きを見てみたい。終わらせないでほしい。こうして、いつまでも名残惜しまずにはいられないのが、ジャック・ロジエの映画なのだ。
アデュー・フィリピーヌ(2Kレストア)
1962、フランス/イタリア
監督:ジャック・ロジエ
出演:ジャン=クロード・エミニ、イヴリーヌ・セリ、ステファニア・サバティーニ、ヴィットリオ・カプリオリ
コピーライト:© 1961 Jacques Rozier
トルテュ島の遭難者たち(4Kレストア)※劇場初公開
1976、フランス
監督:ジャック・ロジエ
出演:ピエール・リシャール、モーリス・リッシュ、ジャック・ヴィルレ、キャロリーヌ・カルティエ、アラン・サルド、ジャン=フランソワ・バルメール、ナナ・ヴァスコンセロス、パトリック・シェネ、ピエール・バルー
コピーライト:© 1974 Jacques Rozier
公開情報:2023年7月29日(土)より、ユーロスペース他全国ロードショー
公式サイト:https://www.jacquesrozier-films.com/
配給:エタンチェ/ユーロスペース