外国映画

映画レビュー「セルゲイ・ロズニツァ〈戦争と正義〉ドキュメンタリー2選」

2023年8月11日
連合軍によるドイツへの無差別爆撃を描く「破壊の自然史」、ソ連がナチス戦犯を断罪した軍事裁判を描く「キエフ裁判」。2本同時公開。

戦争と正義を問うドキュメンタリー

「破壊の自然史」(2022)は、連合軍によるドイツへの無差別爆撃による大量破壊を描いた作品だ。冒頭に映し出されるのは、長閑な田園地帯、そして繁栄に沸き立つベルリンの街。

すでにナチスに支配されてはいるが、その禍々(まがまが)しい企みに、人々はまだ気づいていないようだ。飛行船に乗り込んだ富裕層は、高級酒のグラスを傾け、談笑しながら下界を眺めている。美しく平和なドイツの風景は、先の大戦で敗北を喫した過去を忘れさせる。

しかし、次のカットでそれは一変する。漆黒の画面に散乱する火花。爆裂音を聞くまでもなく、空襲の光景であることが分かる。

ドイツの都市を連合軍の爆撃機が夜間爆撃しているのだ。爆撃機から撮影されたであろう抽象的な映像は、高度を下げるにしたがって具体性を帯び、しだいに殺される人々の阿鼻叫喚を想像させるものとなっていく。

ベルリンかハンブルクかドレスデンか。破壊されている都市がどこかは特定していない。ただ、壮麗な歴史的建築物が廃墟と化し、市民の住居が灰燼と化し、そして非戦闘員たる一般市民たちが死体と化した様が、無感情に映し出されるだけだ。

空爆シーンにはドイツ軍によるロンドン爆撃も挟まれる。そして、ドイツを攻撃する米・英軍の爆撃機、ロンドンを攻める独軍の爆撃機。それらを生産する工場風景も丁寧に見せていく。

ここで思わず息を呑むのが、ベルリンのAEGタービン工場で、後にナチス協力者として糾弾される名指揮者フルトヴェングラーが、ヒトラーお気に入りのワグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を振るシーンだ。

工場労働者を慰安し鼓舞する意図とは別に、その高い音楽性に圧倒されずにはいられない。崇高な芸術行為が殺戮兵器の生産に利用される、その歪(いびつ)な光景がなぜか異様に美しい。

空爆とは、都市と文化と人命を一挙に破壊する、最も有効な方法と言えるだろう。爆撃者はその破壊される様を直接見ることはなく、したがって罪悪感に駆られることもない。

しかし、作品中に爆撃機が敵戦闘機の迎撃を受ける映像があるように、決して安全なわけではない。自らも殺戮の対象になることがある。やればやり返される。破壊は破壊を呼ぶ。この循環を断ち切ることは難しい。

ロシアとウクライナの戦争が続いている。破壊の歴史が繰り返されている。80年前の記録映像を使用して完成されたロズニツァ監督の新作は、今日起きている悪夢の意味や本質を考えるうえでも必見の映画である。

「キエフ裁判」(2022)は、ナチス戦犯を断罪するソ連の軍事裁判を描いている。連合国によるニュルンベルク裁判や東京裁判と同様、戦勝国が戦犯を裁く構図には有無を言わせぬ非情さが漂うが、独裁国家のソ連であれば、なおさらである。

将官から、高級将校、下級将校、下士官まで15人の被告が次々と証言台に立ち、罪状を認めていく。一般市民に対してなされた筆舌に尽くしがたい蛮行。赦されるわけがない。

それにしても被告人たちは淡々としたものだ。あがいても無駄だというわけだろう。裁判の結果、12人が絞首刑を言い渡される。

映画は、公開で行われた絞首刑の場面で締めくくられる。首にロープを掛けられ、宙ぶらりんとなって揺れる戦犯たち。群がり集まった膨大な数の人々が、吊られたドイツ人たちを見物する。

戦勝国と敗戦国。犯罪と復讐。正義とは何か? 答えのない問いに茫然と立ち尽くす。

映画レビュー「セルゲイ・ロズニツァ〈戦争と正義〉ドキュメンタリー2選」

破壊の自然史

2022、ドイツ/オランダ/リトアニア

監督:セルゲイ・ロズニツァ

コピーライト:©️LOOKSfilm, Studio Uljana Kim, Atoms & Void, Rundfunk Berlin-Brandenburg, Mitteldeutscher Rundfunk

キエフ裁判

2022、オランダ/ウクライナ

監督:セルゲイ・ロズニツァ

コピーライト:©️Atoms & Void

公開情報:2023年8月12日 土曜日 より、シアター・イメージフォーラム他全国ロードショー

公式サイト:https://www.sunny-film.com/warandjustice

配給:サニーフィルム

※8月12日(土)13:00からの『破壊の自然史』上映後、池田嘉郎・東京大学人文社会系教授のティーチイン開催

 

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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