日本映画

映画レビュー「福田村事件」

2023年8月31日
関東大震災発生後、朝鮮人と疑われた行商団が惨殺された「福田村事件」。歴史の闇に埋もれてきた真実が、いま白日の下に晒される。

集団の狂気、日本人の怖さ

朝鮮人が井戸に毒を投入した。人家に火を放った。関東大震災の直後、こんなデマが流され、東京および近県で朝鮮人虐殺事件が多発した。

福田村事件もその一つ。千葉県東葛飾郡福田村で起きた惨劇だ。朝鮮人と疑われた行商団が福田村の自警団らによって殺された。ごく普通の素朴で善良にさえ見える村民たちが、残酷この上ない狂気の所業に及んだのである。

本作は、100年前に起きたこの途轍もない犯罪を、史実を元にフィクションとして描いた映画だ。加害者となる村民たち、被害者となる香川の行商人たち、そして地元の新聞記者らの行動を、震災の発生前から発生後の虐殺事件まで、時間軸に沿って追っていく。

映画を終始支配するのは、村民たちの朝鮮人たちへの敵意、悪意である。日本に併合された朝鮮の一部の人々が独立運動を起こした。それに腹を立てた日本人は、反乱を起こした朝鮮人を不逞鮮人と呼び、目の敵(かたき)にしていた。

日本に歯向かう者は悪人だ。隙あらば成敗してやろう。震災はそんな思いを解き放つチャンスだったろう。

どこからともなくデマが飛び交い、朝鮮人への憎悪がかき立てられる。政府公認の自警団が朝鮮人狩りを始める。ところが、獲物を見つける前に自警団は解散させられる。

だが、振り上げた拳は下ろせない。些細な言い争いがきっかけで、村民の一人が行商団を朝鮮人と決めつけ、村中に触れ回る。たちまち竹槍や鳶口(とびぐち)、日本刀などの武器を携えた村民たちが集まってくる。そして惨事は起こる。

冷静な村長や、本作の中心人物である元教師とその妻たちが、必死に止めようとするが、焼け石に水。狂気に駆られた村人たちが刃物を振るい、罪もない行商人を次々と殺戮するシーンは凄惨である。

ただし、血しぶきなど生々しい表現はなく、残酷描写も最小限に抑えられている。虐殺というショッキングな事件をスペクタクルとして見せるのではなく、このような事件が発生した当時の日本社会の空気を再現することが、本作の眼目なのだろう。

だから、本作はただ虐殺事件に焦点を当てるだけではなく、行商で生計を立てる被差別部落民の生活実態や、当時は唯一のマスメディアであった新聞報道の実態にも少なからぬ尺を割いている。そして、退役軍人の跳梁、社会主義者の弾圧なども織り込みながら、治安維持法が成立する一年半前の社会の雰囲気を描き込んでいるのである。

浮かび上がるのは、噂やデマを簡単に信じる民衆のナイーヴさ、個人が同調圧力であっと言う間に集団化する不気味さ。それが、100年後の現在も生き続けていることに恐怖と絶望を禁じ得ない。

佐伯俊道、井上淳一、荒井晴彦の3人が共同で手がけた脚本を、劇映画は初となる森達也が映画化。脚本は改稿に改稿を重ね、3人と森監督との意見衝突もあったと聞く。

難産の苦労が随所に見え隠れするが、ともすれば、“なかったこと”にされがちな史実に正面から斬り込み、日本人の本性を露呈させて見せたことは、何にも増して本作の功績だろう。

公開日の9月1日は、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典の日。震災発生から100年を迎える今年もあの女性都知事は追悼文を送らず、内閣官房長官は虐殺の事実さえ認めようとしない。

歴史の隠蔽・改竄は新たな戦前を呼び込む。愚行の反覆を阻止するためにも、本作はなるべく多くの観客に見られなくてはならない。

福田村事件

2023、日本

監督:森達也

出演:井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、コムアイ、木竜麻生、ピエール瀧、水道橋博士、豊浦功補、柄本明

公開情報: 2023年9月1日 金曜日 より、テアトル新宿、ユーロスペース他 全国ロードショー

公式サイト:https://www.fukudamura1923.jp/

コピーライト:© 「福田村事件」プロジェクト2023

配給:太秦

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

この投稿にはコメントがまだありません