水と油の二人が起こす奇跡の化学反応
宮城県石巻の沖に浮かぶ離島・多部島。漁師のアキラと、その弟で知的障害を持つシゲルは、12年前の震災で父母を失い、古びた家に二人きりで暮らしていた。そんな二人の前に、髪を青く染めた女がやってきて言う。「この家、売ってくれない?」。
都会からやって来たに違いない、その高飛車な女は、純朴な二人の男に1千万円の札束をチラつかせる。胡散臭いと思いながらも、アキラは50万円の頭金を受け取り、女を自宅に居候させる。漁業の不振で借金まみれのアキラにとって、女の金は有難い臨時収入だったのだ。
漁師のくせになぜかカップ麺しか食べない兄と弟。アキラが獲ってきた“ほや”を遠慮なく食べまくるマイペースな女。三人の奇妙な共同生活が始まる――。
女は高橋美晴という有名な漫画家だった。美晴の作品の熱烈なファンであるシゲルは狂喜乱舞し、たちまち美晴に懐いてしまう。一方のアキラは身勝手に行動する美晴に心を許さず、ひたすら自分たちの生活を立て直そうと必死である。
そんなアキラにアイデアが閃く。かつて父親が島起こしのために考案したキャラ“ほやマン”を復活させ、動画をYouTubeで流し、PRしようというのだ。美晴のサポートで動画はいったんバズったものの、その後、同じく美晴のせいで大炎上してしまう。
この一件をきっかけに、美晴の過去が浮かび上がる。同時にアキラが抱える心の闇にも光が当てられていく。アキラとシゲルが海産物を食べずカップ麺ばかり食べる理由も分かる。さらには、障害者であるシゲルの心の痛みも。
三人はそれぞれに傷を負っている。傷つきようは異なるが、傷の深さに違いはない。その三人が素顔をさらし合いながら、徐々に心の距離を詰めていく。
失われた過去に執着し、前に進めないでいるアキラ。居場所を失い後戻りできない美晴。物語の中心を成すのは、この二人である。水と油のように異質な二人が激しく衝突し、火花を散らしながら、新しい人生へと踏み出していく。
アキラに扮したアフロの熱量あふれる力演。美晴に扮した呉城久美の繊細で深みのある演技。両者が引き起こす化学反応が、本作に格別な高揚感をもたらしている。クライマックスで美晴が初めて満面の笑顔を見せる場面は圧巻である。
加えて、シゲル役・黒崎煌代、春子役・松金よね子、叔父のタツオ役・津田寛治が、物語にとって欠くべからざる重要な存在として、それぞれに強烈なオーラを放っている。
東日本大震災で打撃を受けた故郷・石巻への思いを込めて、新人・庄司輝秋監督が紡ぎ出す家族と再生の物語。音楽の大友良英、撮影の辻智彦はじめ、一級のスタッフの参加を得て、クオリティの高い作品が完成した。
さよなら ほやマン
2023、日本
監督:庄司輝秋
出演:アフロ(MOROHA)、呉城久美、黒崎煌代、津田寛治、松金よね子
公開情報: 2023年11月3日 金曜日 より、新宿ピカデリー他 全国ロードショー
公式サイト:https://longride.jp/sayonarahoyaman/index.html
コピーライト:© 2023 SIGLO/OFFICE SHIROUS/Rooftop/LONGRIDE
配給:ロングライド/シグロ