戦争の悲惨さは戦後に露呈する
戦災で焼け残った小さな居酒屋に女がひとり寝そべる。客が来れば酒を飲ませ、体も提供する。
元々商売女だったわけでない。その道の男から仕事を斡旋されたのだ。家族や配偶者はいない。戦地で死んだか、空襲で死んだか。生き残った女が生計を立てる手段は限られている。
戦争は終わった。これからは平和な時代が続く。よかった。頑張ろう。そんな楽観的な人生を歩める者ばかりではないのだ。
戦争は、ある意味、戦中よりも戦後にこそ、その悲惨さが露呈するものだ。とりわけ独り身の無力な女性が被る困難は、言語に絶するものがあるだろう。
女だけではない。居酒屋に居つくようになった少年。彼も同様に戦争で家族を失った。いわゆる戦争孤児だ。闇市で食べ物をくすねて暮らしていたが、たまたま盗みに入った居酒屋の女になついて、離れなくなった。
さらに、もう一人、若い復員兵が二人の暮らしに加わる。居酒屋にやってきて、酒を飲み、飯は食うが、女は抱こうとしない。金がないので働いて稼ぐと言って居座ってしまうのだが、少年の報告によると、日がな一日じっと座っているだけなのだ。彼も戦争ですべてを失ったのだろうか。
やがて、大人しくしていた復員兵は豹変し、女の元を去って行く。女と少年は二人きりで生活を続けるが、ある日、少年は、右手の不自由なテキヤの男に誘われ、旅に出てしまう。
ここで女と少年の物語は中断され、今度はテキヤの男と少年の物語が進行していく。居酒屋と闇市という限られた空間で生きてきた少年は、テキヤの男を通じて、その外の一見復興を遂げつつある世界に潜む、戦争の残酷な爪痕を目の当たりにする――。
劇中、少年も復員兵もテキヤの男も、トラウマからくるのであろう、睡眠中に叫び声を上げるが、これがなかなか怖い。
居酒屋の女も含め、彼らには名前が与えられていないが、この時代には皆ありふれた人間だったからということだろう。
前半の中心人物となる女に扮するのは、NHK連続小説「ブギウギ」のヒロイン役で注目される趣里。戦争にすべてを奪われ、戦後は人間としての尊厳も奪われる受難の女を全身全霊で演じ切った。
また、少年を外部に連れ出すテキヤの男には、「アンダードッグ」(2020)、「山女」(2023)などの演技派・森山未來。捕虜殺害という犯罪に加担させられ、恨みと怒りを抱えて生きてきた男に扮し、鬱屈した感情とその爆発を鮮烈に表現している。
この森山がピストルの銃口を元上官の顔に突き付け、元上官の食いしばる歯が闇夜に光る場面がある。塚本晋也監督の卓越した映像センスを感じさせる見事なショットだ。
ほかにも、格子の窓から叫び声を上げる狂人を森山がじっと見つめ、その頭に手を当て、なだめる場面、また、居酒屋に戻って来た少年を、趣里が顔を隠しながら迎える場面など、数々の印象的なシーンやショットが全編に散りばめられている。
本作は「野火」(2014)に続く反戦映画であるが、そのメッセージは声高に叫ばれるのではなく、このような映像描写を通して発信されている。映画なのだから当たり前とも思うが、簡単なことではない。塚本晋也という監督の非凡さを改めて思い知らされる作品だ。
ほかげ
2023、日本
監督:塚本晋也
出演:趣里、森山未來、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、大森立嗣
公開情報: 2023年11月25日 土曜日 より、ユーロスペース他 全国ロードショー
公式サイト:https://hokage-movie.com/
コピーライト:© 2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
配給:新日本映画社