外国映画

映画レビュー「落下の解剖学」

2024年2月22日
アルプスの山荘で男が転落死する。目撃したのは息子。殺人を疑われたのは妻。裁判が幕を開ける。夫婦の秘密が暴露されていく。

裁判で明かされる真相は?

フランス・アルプス。雪山の山荘で事件は起こる。男が屋根裏部屋の窓から転落死したのだ。

発見者は男の息子ダニエル。愛犬の散歩から戻ったときに、家の前で血を流して横たわる父親サミュエルに気づいた。

事故か殺人か自殺か。殺人であれば、状況から見て、サミュエルの妻で作家のサンドラに容疑がかかる。サンドラは、ただちに旧知の弁護士ヴァンサンに連絡し、対応策を練り始める――。

冒頭で夫婦の不仲が示唆される。サンドラがインタビューを受ける場面。取材の開始に合わせるかのように、上階から大音量の音楽が流れ出すのだ。

音楽をかけているのはサミュエルだ。だが、サンドラはサミュエルに注意することも抗議することもない。そして、あっさりとインタビューの延期を決めてしまうのだ。

夫との交渉は無駄である。そんな諦めの気持ちか。あるいは、そうされても仕方ないような負い目があるのか。いずれにせよ、夫婦関係が破綻している可能性は否定できない。だとすれば、サンドラが夫に殺意を抱いていたとしてもおかしくない。観客はそう思うだろう。

一方、女性インタビュアーとの再会が決まり、サンドラは心躍らせてもいる。後に法廷場面で明かされることだが、サンドラはバイセクシャルなのだ。息子のダニエルは幼児期に交通事故で視覚障害を負ったのだが、そのときに精神不安定となったサンドラは、複数の女性と浮気をした。夫婦関係はその頃からぐらついていたのだ。

中盤以降、映画は法廷場面がメインとなり、夫婦の秘密が次々と暴かれていく。

極めつけは事件の20時間前にヴァンサンが録音したサンドラとの会話だ。ヴァンサンのUSBに残されていたのは、口汚い罵り合いと、殴り合うような音だった。

原則として回想シーンはなく、登場人物の発言やパソコン場面だけで構成されている本作。このUSB録音の再生場面では、例外的に通常の映像が使用されている。ベルイマンの「ある結婚の風景」を彷彿とさせるむき出しのバトルに、修復不能な夫婦の姿が生々しく描き出されている。

裁判では、事件の核心に迫る証言はなく、証拠も出ない。夫婦のプライベートな情報があふれ出るだけだ。真っ裸にされる夫婦関係。浮かび上がるサンドラの正体。動揺の中で証言を迫られる息子のダニエル。

しかし、サンドラは少しも動じることなく、裁判を戦い抜く。非難めいた証言に怯むことなく、最後までポーカーフェイスを通すサンドラ。その冷酷なまでの落ち着きぶりは不気味でさえある。演じたザンドラ・ヒュラーの存在感も尋常ではない。

判決が出る。だが、それは真実と断言できるものではない。真相は宙吊りにされたまま、夫を亡くした妻と、父を失った息子の人生が淡々と続いていく。

映画レビュー「落下の解剖学」

落下の解剖学

2023、フランス

監督:ジュスティーヌ・トリエ

出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ

公開情報: 2024年2月23日 金曜日 より、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー

公式サイト:https://gaga.ne.jp/anatomy/

コピーライト:© 2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma

配給:ギャガ

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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