越えられない境界
内戦を逃れてきたシリア人家族が、ベラルーシの空港に降り立つ。目指すのはスウェーデンだ。ベラルーシからEUへの入口となるポーランドに入り、そこからドイツを経由して移住先のスウェーデンに向かおうという計画なのだ。
一方、機内で知り合ったアフガン人女性が望むのは、ポーランドへの亡命。シリア人家族はアフガン人女性を同伴し、手配していたミニバスに乗り込む。
国境警備隊に追い立てられるようにして、国境を越えた一行。ところが、何たることか、ポーランド側の国境警備隊によってベラルーシへと送り返されてしまう。その後も、一行は何度も二国間を往復させられる羽目になる。
なぜ、そんなことになったのか? 作中で具体的な説明はないが、背後にあるのは、ベラルーシのルカシェンコ大統領による巧みなプロパガンダだ。「国境は簡単に越えられる」。その言葉の裏にある狙いは、難民の流入によるEUの混乱である。
一方のポーランドは、難民の侵入を徹底的に阻む。難民はルカシェンコやプーチンが送り込む人間兵器だからと言うわけだ。こちらはポーランド側のプロパガンダ。要するに、難民たちはベラルーシとポーランド双方のプロパガンダに翻弄されてしまう。
こうして、ベラルーシ、ポーランド、いずれの側でも、難民たちは手荒く扱われる。妊婦がトラックの荷台から蹴り落とされる。ガラスの破片を飲まされる。ぞっとするような蛮行。そして飢餓、脱水症状、凍死。直視し難い残酷なシーンもある。
2021年の9月にベラルーシとポーランドの国境付近で起こった実話に基づいた作品。監督は、ポーランドの巨匠アグニエシュカ・ホランド。
政府や右派勢力の目を避けるため、24日間という異例の速さで撮影されたそうだ。全4章+エピローグで構成され、第1章はシリア人家族とアフガン人女性にスポットを当てているが、第2章はポーランドの若い警備兵、第3章は難民の支援グループ、第4章は支援グループに参加する女性精神科医と、焦点が移っていく。
難民を取り巻く過酷な状況が生々しく描かれ、絶望的な気分にさせられるが、救いがないわけではない。非人間的な警備隊の行動に違和感を覚え、懊悩する若き警備兵。当局からマークされる危険を承知で、あえて支援グループに参加する女性精神科医。
このような人々を主要人物として前面に登場させているところに、ホランド監督の祈りにも似た願いを感じる。と同時に、エピローグに示される人種差別の現実には暗澹たる気分にさせられる。
ところで、ポーランド文化・歴史の研究者で映画にも造詣の深い久山宏一氏によると、ホランド監督が本作を撮った一つの理由として、子供の頃にユダヤ人の父親から度々聞かされた史実があるそうだ。
1938年にドイツとポーランドの国境で本作と同じようなことが起こり、フランスでドイツ大使館員がポーランド系ユダヤ人に暗殺されたのだ。これが引き金となって「水晶の夜」が勃発し、翌年の第二次世界大戦へとつながった。
二度とあのような歴史を繰り返してはならない。83年の時を隔てて起きた二つの出来事に類似性を見たホランド監督が、急き立てられるようにして撮り上げた渾身の作。
人間の境界
2023年、ポーランド/フランス/チェコ/ベルギー
監督:アグニエシュカ・ホランド
出演:ジャラル・アルタウィル、マヤ・オスタシェフスカ
公開情報: 2024年5月3日 金曜日 より、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/ningennokyoukai/
コピーライト:© 2023 Metro Lato Sp. z o.o., Blick Productions SAS, Marlene Film Production s.r.o., Beluga Tree SA, Canal+ Polska S.A., dFlights Sp. z o.o., Česká televize, Mazovia Institute of Culture
配給:トランスフォーマー