ラストに待ち受ける驚きの仕掛け
高名な映画監督のビョンス。ある日、娘のジョンスを伴い、とあるアパートに旧友のキム・ヘオクを訪ねる。インテリア・デザイナーを志望するジョンスに、その道の成功者であるヘオクを引き合わせてやろうという親心だった。
ヘオクが所有するアパートは4階建て。その1階のレストランで食事を済ませると、ヘオクはビョンスとジョンスに各フロアを案内する。2階は料理教室、3階は賃貸住宅、4階の屋根裏は画家のアトリエで、地下はヘオクの作業場になっている。
地下でしばし談笑した後、ビョンスは映画会社の社長から呼び出され中座する。ジョンスとヘオク、二人きりの会話が始まり、ビョンスのことが話題となる。ジョンスは父親であるビョンスのネガティブな面をあげつらっていく。
臆病で子供っぽいところ。映画監督になって外に女を作り、家を出て行ったこと。家庭で見せるビョンスの顔は、世間的なイメージとかけ離れているようだ。
ビョンスが外出から戻らぬ中、ジョンスは突然、ヘオクに弟子入りを申し出る。「必死に学んで仕事します」「死ぬまで先生を恩人として崇めます」「決して裏切りません」。
ジョンスはたたみかけるように訴えかける。それは、1階の入口でレストラン店員のジュールから得た「ヘオクは自分に従順な人物しか受け入れない」という情報に基づいたジョンスの戦略だったろう。作戦は功を奏したようだ。
ビョンスがようやくアパートに戻ってくる。一瞬、そう思わせるが違う。久々にヘオクを訪ねてきたのだ。すなわち、最初のエピソードは終了し、ここから新しいエピソードが始まっている。
ビョンスはヘオクとともに2階に上がり、レストランの店主であるソニの歓待を受ける。ソニはビョンスの熱心なファンだったのだ。
ビョンスは映画がなかなか撮れないことや、家庭生活が破綻していることなど、ワインの酔いも手伝ってか、公私の悩みを率直に吐露していく。
しばらくしてヘオクが席を離れ、ビョンスとソニだけになると、二人の距離は急速に縮まっていく。
続くエピソードでは、アパートの3階で暮らすビョンスとソニの同棲生活が描かれる。体を壊したビョンスは野菜中心の食生活を送っている。映画の仕事はなく、収入もなさそうだ。一方のソニはレストランの経営が不振なうえ、ヘオクから家賃値上げを仄(ほの)めかされ、家計は火の車だ。二人の関係もしっくりいっていないようだ。
ソニの外出中、ベッドに横たわり目を閉じたビョンスが、ソニと自分との対話を聞くシーンが圧巻だ。「君を愛してる」「でも、俺は一人暮らしが性に合う」。幻聴なのか夢想なのか。ホン・サンス監督作品としては珍しい心理描写は、ホン監督自身の率直な告白のようにも思える。
次のエピソードでは、場面が4階に移り、ビョンスは不動産業者のジヨンと半同棲生活を送っている。ビョンスは相変わらず無為の日々を過ごし、ジヨンに養われているような状態だ。だが、ビョンスは映画を諦めたわけではない――。
こうして、地下から4階までアパートの全フロアを舞台に、4つのエピソードから成るビョンスの人生ドラマは幕を閉じる。各エピソードは切れ目なしに繋がっており、エピソードの変わり目に存在する空白の時間に何が起きたかの説明はない。
ただ、どのエピソードも、主人公であるビョンスの仕事上の苦悩、愛人との生活、家族との確執などを、生き生きとした会話や表情によってリアルに描き出している。謎めいた場面などもなく、観客は素直に笑い、頷きながら全編を堪能することができるはずだ。
しばしば難解さで見る者を困惑させてきたホン・サンスだが、本作については語り口が実に明快で、素直に楽しめる作品となっている。
というのは、半分嘘である。実はエピローグに驚くべき仕掛けが待っている。それは一瞬にして時空間を一変させる魔法のようなテクニック。ホン・サンス、やはり只者ではない。
WALK UP
2022、韓国
監督:ホン・サンス
出演:クォン・ヘヒョ、イ・ヘヨン、ソン・ソンミ、チョ・ユニ、パク・ミソ、シン・ソクホ
公開情報: 2024年6月28日 金曜日 より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、Stranger他 全国ロードショー
公式サイト:https://mimosafilms.com/hongsangsoo/
コピーライト:© 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.
配給:ミモザフィルムズ