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映画レビュー「方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~」

2024年7月5日
45年前、カルト教団としてバッシングを受けた謎の集団。いまだ存在する「イエスの方舟」の現在に迫る、渾身のドキュメンタリー。

今も共同生活を続ける女性たち

1980年、東京都国分寺市から10人の女性が集団失踪した。信仰集団「イエスの方舟」の女性信者たちだった。

主宰者の千石剛賢(たけよし)が連れ去ったとして、女性たちの家族が告発し、警察が捜査に乗り出した。メディアも大々的に報道し始める。

姿を消したのは、いずれも若く美しい女性たち。妄想に駆られたメディアは千石を「千石イエス」とあだ名で呼び、ハーレムを形成しているなど、センセーショナルな記事を書いて、大衆の好奇心を煽った。

そんなメディア群の中で、唯一、週刊誌「サンデー毎日」のみが、千石と女性信者たちへの接触を敢行。世間に流布されたカルト教団のイメージとはほど遠い、イエスの方舟の素顔をレポートした。

作中、サンデー毎日の記者だった鳥越俊太郎が語るように、女性信者たちはファッショナブルな服装に身を包んだごく普通の女性であり、千石は“おっちゃん”という通称どおりの、気のいい中年男性なのだった。

そこには洗脳とかセックスとか暴力とかいうカルト的な要素は欠片(かけら)もない。ただ聖書から学んだことを人生の糧にしたいと願う真面目な人々の集まりなのだ。

「サンデー毎日」の取材中、千石は狭心症で入院し、女性信者はいったん家族の元へ帰される。千石は不起訴となり、騒動は収束。いつしか「イエスの方舟」は人々の記憶から遠のいて行った。

騒動から45年。とっくに消滅したに違いない。多くの人々はそう思っていたのではないだろうか。

ところが、何と、「イエスの方舟」は今もなお存続していたのだった。本作は、あの当時の女性信者たちが、当時と変わらず共同生活を送りながら、聖書の勉強を続けている様子を収めた、貴重なドキュメンタリーである。

監督は、TBSの若きテレビマン・佐井大紀。メディアに対する彼女たちの警戒心を誠意と情熱で解き、彼女たちの実像をありのままに記録することに成功している。

映画は、TBSが所蔵するアーカイヴ映像と、今回撮り下ろしたビデオ映像とを交互に見せることで、彼女たちの過去と現在を対比させる。だが、年齢は重ねているが、彼女たちの発言の中身は驚くほど変わっていない。ブレていないのだ。

2001年に死去した剛賢に代わり代表の座に就いたまさ子は、「おっちゃん」の呼称を引き継ぎ、上下関係のない自由な集団を運営している。

集団の中心に位置するのは、まさ子でも信者でもなく、聖書。堅苦しい儀式めいたものもない。信者というよりはメンバーとか仲間とかの方がしっくりくる。居心地のよさゆえか、表情は柔和で、生き方に迷いがない感じだ。

両親の離婚や将来への不安など、「イエスの方舟」に入るきっかけは様々だが、今は誰もが幸福そうに生きているのだ。

それはオウム真理教や統一教会などカルト教団の信者たちには見られない、この集団特有の雰囲気のように思える。積極的な勧誘活動なども行っておらず、拡大志向もない。

集団生活は独身女性のみで、結婚したら外に出る。生活費は水商売で賄うが、酒は飲まず、色気を武器にはしない。このようなルールの縛りが、邪(よこしま)な欲望や誘惑を遮断し、快適な集団生活を支えているのかもしれない。

信仰集団と聞くとつい身構えてしまうが、こういう例もある。固定観念を打ち砕き、未知の世界への扉を開いてくれる、ドキュメンタリーの逸品である。

映画レビュー「方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~」

方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~

2024、日本

監督:佐井大紀

出演:千石剛賢、千石まさ子、千石恵、千石美砂紀、井上安子、土田尚美、鳥越俊太郎

公開情報: 2024年7月6日 土曜日 より、ポレポレ東中野他 全国ロードショー

公式サイト:https://hakobune-movie.jp/

コピーライト:© TBS

配給:KICCORIT

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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