外国映画

映画レビュー「ある一生」

2024年7月11日
激動の20世紀を、ただ一つの愛を支えに生き抜いた、名もなき男の一生。息を呑むアルプスの風景が、男の人生を丸ごと包み込む。

人生の本質に迫る人間ドラマ

20世紀初頭、オーストリア。美しいアルプスの山道を少年が馬車に揺られてやってくる。本作の主人公であるエッガーである。農場で下働きするために連れてこられたのだ。

農場主は冷酷な男だった。エッガーにつらくあたり、ほんの少しでもミスしようものなら、情け容赦なく折檻する。唯一やさしく接してくれるのは老婆。彼女だけが、エッガーの心の支えだった。

折檻で片足に障害を負いながらも、エッガーは辛抱強く働き続け、屈強な青年に成長。やがて戦争が始まり、エッガーにも招集通知が届く。農場生活から脱け出すチャンスだった。ところが、農場主は彼の招集を取り消してしまう。

苦役の日々は続いたが、ある日、老婆が急逝したのを潮時に、エッガーは意を決し農場を離れる。仕事はいくらでもあった。やる気を見込まれ、ロープウェーの建設作業員に採用された。稼いだ金はコツコツと貯めた。

そんなエッガーの前に一人の女性が現れる。宿屋のバーで働くマリー。目と目が合う。手が触れる。意識し合い、デートし、そしてプロポーズ。アルプスの絶景が恋をロマンティックに彩った。

労働に明け暮れてきたストイックな男が、初めて味わう歓喜と幸福。希望にあふれた人生が始まる。しかし、突然、運命は一転する――。

マリーはこの世を去った。悲しみと喪失感に沈むエッガー。だが、エッガーの人生が終わったわけではない。いつまで続くか分からぬ長大な時間を、エッガーはマリーとの愛の記憶を支えに生き抜いていくのである。

ヒトラーの台頭と、再びの世界大戦。捕虜生活。近代化の波。人類初の月面着陸。めまぐるしく時は過ぎていく。エッガーは老人となり、自らの人生の終焉を悟る。

愛するマリーとの“再会”。バスに乗って“終点”へと赴くエッガー。その脳裏に過去の出来事がフラッシュバックする。

息を呑むアルプスの絶景とともに綴られる一途な男の生涯。人生とは長い旅路のようでもあり、一瞬の夢のようでもある。人生の本質に真正面から迫った本作は、見る者の感情を激しく揺さぶる力に満ち溢れている。

青年から壮年までのエッガーを演じたシュテファン・ゴルスキー、老年を演じたアウグスト・ツィルナーがいずれも好演。主人公に血肉を与え、壮大な人間ドラマの説得力を高めている。

また、エッガーを支える老婆役に「バグダッド・カフェ」(1987)のマリアンネ・ゼーゲブレヒト、終盤に登場しエッガーを誘惑する女教師役にウルリッヒ・ザイドル作品の常連であるマリア・ホーフステッターと、脇役に大物女優を配しているところも、映画ファンには堪らない。

※7月15日(月・祝)、監督の舞台挨拶およびサイン会あり。

ある一生

2023、ドイツ/オーストリア

監督:ハンス・シュタインビッヒラー

出演:シュテファン・ゴルスキー、アウグスト・ツィルナー、アンドレアス・ルスト、ユリア・フランツ・リヒター

公開情報: 2024年7月12日 金曜日 より、新宿武蔵野館他 全国ロードショー

公式サイト:https://awholelife-movie.com/

コピーライト:© 2023 EPO Film Wien/ TOBIS Filmproduktion München

配給:アット エンタテインメント

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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