日本映画

映画レビュー「侍タイムスリッパ―」

2024年8月21日
会津藩士の高坂新左衛門は、討幕派の長州藩士と斬り合いの最中、雷に打たれ気絶する。目覚めると、そこは140年後の現代だった。

幕末から侍がやってきた

幕末の京都。会津藩士の高坂新左衛門は、討幕派の長州藩士・山形彦三郎を討つよう密命を受けた。ともに剣の腕は一流。火花を散らす激闘が続く。

やがて、雨が降り始め、稲妻が走る。次の瞬間、雷に打たれた新左衛門は意識を失ってしまう。

目覚めると、そこは見知らぬ町。どうやら江戸らしいが、行き交う侍や町人たちの中に、見たこともない服装の者が混じる。さらに、同じことを繰り返す人々。明らかに奇妙である。新左衛門は違和感を募らせる。

実は、江戸の町と思ったのは、京都太秦の撮影所に設えられたオープンセットだった。新左衛門は落雷の衝撃で、140年後の現代へとタイムスリップしていたのだ。

明治維新を経て、日本は全く新しい国へと生まれ変わっていた。討幕派との戦いは敗北だった。

絶望し、一時は生きる希望を失う新左衛門。だが、助監督の優子や、寺の住職夫婦らの温かい人情に触れ、新左衛門はこの時代に生きていく決意をする。

幼少期から鍛え上げた剣の腕。骨の髄までしみ込んだ武士の所作。撮影所が放っておくわけがない。斬られ役に採用された新左衛門は、たちまち頭角を現し、引っ張り凧となる。

やがて大きな仕事が舞い込む。長く時代劇から遠ざかっていた大物俳優が、復帰作の相手役に新左衛門を指名してきたのだ。ところが、挨拶に訪れた新左衛門を待っていたのは――。

江戸時代から現代へとタイムスリップしてきた侍が、剣術という特技を生かし時代劇の斬られ役として活路を開く。奇想天外なSF映画であるが、よくあるドタバタ仕立てではない。タイムスリップという一点の虚構を除いては、きわめてリアルな人情劇に仕上がっているのである。

主人公の新左衛門が出現した場所が、たまたま時代劇の撮影所だった。この設定が効いている。誰もがこの男を無名の役者だと思い込んでいる。頭を打った衝撃で記憶喪失に陥っているだけ。

だから大騒ぎにならない。ただ一人事実を知っている新左衛門は、周囲に合わせて記憶喪失のふりをしている。

もともと賢い男で、時代の変化も冷静に受け止めるが、幕府を守れなかったことへの忸怩たる思いは捨てきれない。このちょっと複雑なキャラと純情実直な人柄が、助監督の優子をはじめ、まわりの人々を強く惹きつけるのである。

ユーモアあふれる人情コメディの仕立てではあるが、撮影シーンでの立ち回りや、冒頭およびクライマックスでの斬り合いには、一切手抜きがない。これぞ殺陣、これぞチャンバラの迫力にあふれている。

本作で殺陣師役に扮する峰蘭太郎は、東映の看板スターだった大川橋蔵に師事し、斬られ役として活躍した経歴を持つ。逝去した福本清三の代役としての出演だが、本作の見どころである殺陣の奥深さを、一挙一動で見せてくれている。

時代劇の不振が止まらない。たまに新作が作られても、殺陣抜きのホームドラマや、カンフー映画まがいのワイヤーアクションなど、似非時代劇ばかり。時代劇離れを助長するような作品ばかりだ。

そこに現われたのが本作だ。目の肥えた年配ファンも唸らすに違いない、これぞ、待ちに待った時代劇。厳密にいえば現代劇だが、登場する人も心も、中身は時代劇である。

時代劇黄金時代を支えた東映京都撮影所の特別協力によって実現した、時代劇愛あふれる逸品。ラストのワンカットまで目が離せない脚本・編集も秀逸だ。

映画レビュー「侍タイムスリッパ―」

侍タイムスリッパ―

2023、日本

監督:安田淳一

出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎、紅萬子、福田善晴

公開情報: 2024年8月17日 土曜日 より、池袋シネマ・ロサ他 全国ロードショー

公式サイト:https://www.samutai.net/

コピーライト:© 2024 未来映画社

配給:未来映画社

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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