日本映画

映画レビュー「ナミビアの砂漠」

2024年9月6日
同棲相手のホンダを捨て、ハヤシと新生活を始めたカナ。だが刺激的な日々は続かず、やがてカナは精神のバランスを崩していく。

彼女の心に何が起きたのか

左手にケータイ、右手にタバコ。いかにも今風の若い女性である。本作のヒロインで21歳のカナ。冒頭、東京近郊のベッドタウンだろうか、友人と待ち合わせた駅前の喫茶店へと向かう姿に、格別の個性は感じられない。どこにでもいるような若い女性だ。

そんなカナが席に着くや、友人はいきなりヘヴィーな話を始める。元クラスメートが自殺したと言うのだ。一応は驚いて見せるカナだが、さほどショックを受けているようには見えない。

自殺した旧友の話よりも、近くの席から聞こえてくる男性グループのエロ話に興味を惹かれているようだ。基本的に他人の人生に関心がないのだろう。

一見平凡だが、実は内面に闇を抱えている。そんなカナのキャラクターが、一瞬垣間見えるこのシーン。説明的なやり方ではなく、聞こえてくる音声のボリューム操作によって、カナのキャラクターを描き出す。巧みでスマートな話術に、山中瑶子監督のセンスが光る。

映画は、この後も具体的な行動や表情を通じて、カナという女性を描写していく。

ホンダという同棲相手がいながらハヤシという男と密会し、やがてホンダを捨ててハヤシと暮らし始めるカナ。鼻ピアスをしたカナは、ハヤシに自分のデザインしたタトゥーを入れる。

生真面目なホンダとの生活では味わえなかった刺激的な日々にカナは酔いしれる。だが、些細な違和感、生活ペースの食い違い、そしてハヤシの秘められた過去が、カナを少しずつ狂わせ始める。

心を病んだヒロインという点では、ジョン・カサヴェテス監督の「こわれゆく女」(74)、カップルの息苦しい同居生活を描いている点では、諏訪敦彦監督の「2/デュオ」(97)を想起させるが、作品のテイストはいずれとも全く異なる。

狭い住居の中で何度も繰り広げられるハヤシとの乱闘、階段からの転落といったアクション場面の生々しい迫力。精神を病んだカナが現実と幻想の間を往復する場面のシュールさ。多様な演出手法を駆使し、山中監督は一人の女性の心の謎へと迫っていく。

セラピーで使われる“箱庭”が現実化し、カナが同じマンションの女性と歌い踊るシーンは圧巻。ヒロイン役の河合優実と女性役の唐田えりかを、こんなふうに絡ませて見せるなんて尋常のセンスではない。

映画レビュー「ナミビアの砂漠」

ナミビアの砂漠

2024、日本

監督:山中瑶子

出演:河合優実、金子大地、寛一郎、新谷ゆづみ、中島歩、唐田えりか、渋谷采郁、澁谷麻美、倉田萌衣、伊島空、堀部圭亮、渡辺真起子

公開情報: 2024年9月6日 金曜日 より、TOHOシネマズ日比谷他 全国ロードショー

公式サイト:https://happinet-phantom.com/namibia-movie/

コピーライト:© 2024「ナミビアの砂漠」製作委員会

配給:ハピネットファントム・スタジオ

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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