天上と地獄を対比させた映像美
舞台は浙江(せっこう)省の省都・杭州市。銘茶の生産地として知られる西湖の畔(ほとり)に、主人公のタイホア(苔花)と息子のムーリエン(目蓮)が暮らしている。
茶摘女のタイホアは、夫が女を作って行方をくらまして以来、女手ひとつでムーリエンを育ててきた。だが、茶畑の主人との恋愛関係をその母親に知られ、仕事場から追放されてしまう。
職を失ったタイホアは、ともに茶畑を去った親友のジンランに誘われ、彼女の弟が働くバタフライ社のイベントに参加した。この会社、実は「足裏シート」なるインチキ商品を販売する悪徳企業。だが、タイホアは胡散臭い誘い文句に造作もなく引っかかり、マルチ商法の深みにはまっていく。
一方、ムーリエンもまた、騙されていったんはイカサマ会社に就職するが、早々に退散していた。そんなムーリエンが久々に顔を合わせた母親は、厚化粧と派手な服装で、まるっきり別人と化していた。
タイホアがマルチ商法にはまっていることを知ったムーリエンは、彼女を救い出すため、バタフライ社に潜入する――。
天上近くの美しい自然に囲まれ生きてきた母と息子。母親のタイホアは、そこから一気に地上の俗界へと堕ちてしまう。
バタフライ社が開催するイベントを彩るけばけばしい照明、大音響。挑発、熱狂、歓声。その中で理性を奪われ、狂気に侵されるタイホア。貧困層を狙い撃つ違法ビジネスのおぞましさが、これでもかと言うほど徹底的に描かれ、見る者を圧倒する。
デビュー作「春江水暖~しゅんこうすいだん」は、山水画をモチーフとするスケール豊かな群像劇だった。エンディングに続編を示唆する表記があったことから、第二作も同じような設定・スタイルが踏襲されるものと思われていた。
しかし、見事に予想は外れた。本作は、主要人物を母親と息子の二人に絞り込み、同じ杭州が舞台ではあるが、背景は川から山へと移されている。
また、前作を圧倒的に支配していた風景シーンは、序盤と終盤に振り分けられ、最もボリュームのある中盤は、人物に密着したエモーショナルな描写が主体となっている。
グー・シャオガン監督によると、今回も山水画を意識したそうである。だが、前作のように絵巻物を横へと展開するのではなく、掛け軸を上下するような縦移動のカメラワークとなっている。聖なる山から俗悪なる巷(ちまた)へ。そして、再び聖地へという動きである。
また、地獄へと転落したタイホアを、息子のムーリエンが聖地へと連れ戻すというストーリーは、釈迦の弟子の一人が地獄に堕ちた母親を救う仏教故事「目連救母」を下敷きにしているそうだ。
タイホアを地獄に落としたイベントに漲(みなぎ)る毒々しいムード。そして、ムーリエンがタイホアを背負って歩いていく山中にあふれる清澄な空気。その対照を鮮やかに映像化したカメラが素晴らしい。
西湖畔(せいこはん)に生きる
2023、中国
監督:グー・シャオガン
出演:ウー・レイ、ジアン・チンチン、チェン・ジエンビン、ワン・ジアジア
公開情報: 2024年9月27日 金曜日 より、新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺他 全国ロードショー
公式サイト:https://moviola.jp/seikohan/
コピーライト:© Hangzhou Enlightenment Films
配給:ムヴィオラ、面白映画