外国映画

映画レビュー「グレース」

2024年10月18日
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父と娘がキャンピングカーでロシアを旅する。あどけなかった少女が徐々に性的な匂いをまとい、大人の女性へと成長していく。

ロシアの過去と現在が刻印

ロシアの辺境。キャンピングカーに寝泊まりしながら、男と少女が旅をしている。野外上映会を開いたり、違法コピーしたDVDを販売したりして、生計を立てているのだ。

二人の間に会話は少ない。少女はポラロイドカメラで気になった人物を撮影するのが趣味のようだ。一方、男はキャンピングカーで娼婦を抱くのが、ほとんど唯一の愉しみであるらしい。

男は少女の父親であることがやがて分かる。母親とはかなり前に死別し、以来十数年にわたり、このような移動生活を続けているらしい。

彼らの過去について説明は一切なく、見る者は数少ないセリフを頼りに推し量るしかない。決して親しいとは言えない彼らの関係についても、事情が語られることはない。

冒頭、川へ水を汲みにきた少女が経血で汚れた下着を洗うシーンがある。少女は水を詰めたポリタンクを提げてキャンピングカーに戻ると、出てきた娼婦に生理用品を請う。もしかしたら初潮なのかもしれない。

難しい年齢の娘と、娘の気持ちには無関心に見える個人主義的な父親。会話から察するに、父親はインテリであり、娘も読書好きで、教養はある。父親はソ連崩壊後に訪れた社会的混乱の犠牲者であるのかもしれない。

殺風景な荒野、緑に包まれた山道、風力発電所、巨大な商業施設、過疎化した村、大量死した魚の浮かぶ水辺。二人が訪れ、目撃する風景、そして遭遇する人々には、いずれもロシアの過去と現在が刻印されている。そして、その風景の中で否応なく生きる存在として、娘と父の姿が映し出されるのである。

男と少女、ロードムービー、移動映画館、ポラロイドカメラといった要素の重なりから、どうしてもヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」(74)や「さすらい」(76)を想起させる。時代の空気を鮮やかに写し撮っている点でも、両者の距離は近い。

また、オープニングやラストの長回しや、16ミリカメラによる撮影というのも「都会のアリス」と共通する。だが、冒頭では幼さの目立っていた少女が、中盤から徐々に性的な匂いをまとい、終盤には紛れもない女性へと変身するという驚くべき展開は、本作のオリジナルな個性だ。

おそらく演じたマリア・ルキャノヴァのリアルな成長が図らずもフィルム上に記録されたに違いない。映画は時にこのような奇跡を招き、作品に唯一無二の輝きを添える。素晴らしい。

映画レビュー「グレース」

グレース

2023、ロシア

監督:イリヤ・ポヴォロツキー

出演:マリア・ルキャノヴァ、ジェラ・チタヴァ、エルダル・サフィカノフ、クセニャ・クテポワ

公開情報: 2024年10月19日 土曜日 より、シアター・イメージフォーラム他 全国ロードショー

公式サイト:https://grace.twentyfirstcity.com/

配給:TWENTY FIRST CITY

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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