リプステインの真骨頂を示す5本
ルイス・ブニュエルの助監督としてキャリアをスタートさせたアルトゥーロ・リプステイン。1965年に監督デビューした後も、ブニュエルが没するまで師弟関係は続いたという。
グロテスクでブラックユーモアにあふれた作風には、師匠たるブニュエルの影響が明白に見て取れる。しかし、抑圧や迫害を受ける人々の悲惨な運命を、情け容赦なく描き尽くすスタイルは、リプステインの独創と言えるだろう。
今回上映されたのは、1970年代の初期作3本と、1990年代、2010年代の作品を各1本の、計5本。これまでカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに3度ノミネートされた巨匠の、いずれも真骨頂を示す傑作ばかりだ。
外界から閉ざされた家族
「純潔の城」(1973)は、殺鼠剤の製造・卸売で生計を立てている家族の、アブノーマルな生活と破綻を描いた作品だ。一家の主であるガブリエルは、妻と長女、長男、次女の四人を自宅に閉じ込め、彼らに作らせた殺鼠剤を外で売り歩いている。
純真な子供たちを外界の悪意や誘惑から守りたい―。動機そのものは自然な親心と言えるかもしれない。だが、ガブリエルの行動は常軌を逸している。
子供たちの教育は自身が一手に担い、都合の悪いことは一切教えない。ミスをすれば激昂し厳罰、さらには独房に監禁。
しかし、偏った躾や教育はかえって子供たちの健全な成長を阻害する。思春期を迎えた長女と長男が性のタブーを犯してしまうのだ。思いがけない事態にガブリエルは狼狽する。
同時に、安価な量産品に客を奪われ、商売も行き詰まる。そして長女の裏切り。追いつめられたガブリエルは、破壊的行動に走る。
親が子供たちを外界から遮断して純粋培養するというシチュエーションは、ヨルゴス・ランティモス監督の「籠の中の乙女」(2009)を先取りしたもの。性のタブーが秩序を壊すという展開もそっくりだ。
だが、寓話風に演出されたランティモス作品と異なり、リプステインの映画はあくまでリアリズムの体裁を崩さない。妄念に取り憑かれた独裁的な父親が、虚構を暴かれ失墜する姿には、ぞっとするほどの生々しさがあり、見る者を戦慄させずにはおかないだろう。
拷問され処刑される異教徒
「聖なる儀式」(1974)は、16世紀、スペイン占領下のメキシコを舞台に、ユダヤ教徒の迫害を描いた作品。修道士のガスパールは、父親の葬儀で実家に帰った際、カトリックに改宗したはずの家族がユダヤ教式の葬儀を行っているのを目撃する。
ガスパールは密告し、家族は逮捕される。異端審問にかけられ、投獄され、拷問を受ける家族たち。年齢も性別も配慮することなく、黙々と責め苛む刑吏の無慈悲さに、思わず背筋が寒くなる。
殴る蹴るではなく、腕に紐を巻きつけ締め上げるやり方が、かえって残酷だ。縛られ繋がれた異教徒たちが刑場へと連行され、いよいよ死刑執行。
最期の瞬間にダメ押しするかのように改宗の諾否が問われる。諾ならば絞首後に火刑、非ならば生きたまま火刑。この選択に人間の弱さが露呈する。
異教徒たちが燃えて灰になるまで映画を終了させない、リプステインの尋常ならざる執拗さに茫然とする。
破滅へとひた走る殺人カップル
「深紅の愛」(1996)は、レナード・カッスル監督の名作「ハネムーン・キラーズ」(1970)のリメイクだ。同作同様、実在したカップルの連続殺人を描いている。看護婦と結婚詐欺師という組み合わせも同じだが、二人のキャラクターが異様なまでに喜劇化されている点が同作と決定的に違う。
看護婦のコラルは肥満である上に、ひどい口臭と体臭の持ち主。一方のニコラスはシャルル・ボワイエ似を自称しているが、カツラで隠した禿げ頭にコンプレックスをいだいている。
ニコラスはコラルをすぐに捨てるつもりだったが、コラルの熱愛を受け、やがて愛し合う仲に。兄妹を装う二人は、孤独な女たちを騙し、さまざまな手段で殺害していく。
愛し合う男女の逃避行という一面を持ちながら、ロマンティックなムードの欠片もなかった本作は、ラストで見事な転調を遂げる。その唐突な幕切れの美しさには、ただただ唸るのみだ。
本作はリプステイン唯一の日本公開作だが、今回はディレクターズカット版が上映された。
他に、小さな村の売春宿に集まる人々の希望なき日々を描いた「境界なき土地」(1978)と、スラムで暮らす老売春婦と小人レスラーに起こる事件を描く「嘆きの通り」(2015)。
世界的映画作家でありながら、日本ではほぼ無名であり続けたアルトゥーロ・リプステイン監督に光を当てた今回の特集上映。映画祭という祝祭空間なればこそもたらされた、この貴重な発見・発掘の機会を逃さずにすんだことを心から喜びたい。
純潔の城
1973、メキシコ
監督:アルトゥーロ・リプステイン
出演:クラウディオ・ブルック、リタ・マセド、アルトゥーロ・ベリスタイン、ディアナ・ブラチョ、グラディス・ベルメホ、マリオ・カスティジョン・ブラチョ
聖なる儀式
1974、メキシコ
監督:アルトゥーロ・リプステイン
出演:ホルヘ・ルーク、ディアナ・ブラチョ、クラウディオ・ブルック、アナ・メリダ 、アルトゥーロ・ベリスタイン、マルタ・ナバロ、シルビア・マリスカル、アントニオ・ブラボ
深紅の愛(ディレクタースカット版)
1996、メキシコ
監督:アルトゥーロ・リプステイン
出演:レジーナ・オロスコ、ダニエル・ヒメネス・カチョ、シャーリン、ジョバーニ・フロリド、フェルナンド・ソレール・パラビシーニ
公式サイト:https://2024.tiff-jp.net/ja/