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映画レビュー「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」

2025年1月2日
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崖から転落しかけた後、男と初めてセックスをした48歳のエテロ。愛しているが一緒に暮らしたくはない。そんなエテロを試練が襲う。

徹底的な自己肯定

ジョージアの小さな村で雑貨屋を営むエテロ。結婚願望は皆無で、48歳になる今日まで、異性を知ることなく生きてきた。

そんなエテロが、ある日、突如として、男と性交渉を持ってしまう。一体、エテロの中で何が起きたのか?

事の直前、エテロはブラックベリーの実を摘んでいる最中に足を踏み外し、崖から転落しかけた。そのとき、エテロは死んだ自分が村人たちによって川から引き上げられる光景を幻視する。

その臨死体験がエテロの心の中の何物かを突き動かしたのかもしれない。あるいは、別の要因があるのかもしれない。

具体的な説明はないまま、エテロは衝動的に男を誘惑し、初めてとは思えぬ女性主導の体勢でセックスを遂行するのである。

相手は出入りの配達業者で既婚者のムルマン。かねてエテロに好意を抱いていた男のようだ。エテロとムルマンは恋愛関係になる。

保守的な村ゆえ、不倫が発覚したら大事(おおごと)だ。二人は携帯電話で連絡を取りながら、密かに逢瀬を重ねていく。

エテロに恋人ができたことに気付かぬ同年配の女たちは、相変らずエテロに憐れみの眼差しを向け、見下した発言をする。見も知らぬ男が、いきなり無礼な言葉を投げかけてきたりもする。そのたびに、エテロは毅然とした態度で彼らに対抗するのである。

恋人ができても、エテロは信念や態度を変えようとはしない。一緒に暮らそうと持ちかけるムルマンには、これまで通り一人で暮らし、好きなことをして過ごしたいと主張する。

とはいえ、無意識のうちに、エテロは恋する女の余裕と自信を露呈させてもいる。いつもはあまり喋らないお茶会で、若い頃に男から口説かれた武勇伝を得意げに披露する場面。女たちが話題にしているバイアグラに前のめりで興味を示す場面。

明らかにエテロは変化している。父親と兄の死によって家父長制から解放されて、自由を手にしたエテロ。いささか頑なで攻撃的なところはあるが、それは己の自由を守るうえで不可欠な武器だったとも言えるだろう。

そのエテロの強さが、ムルマンとの恋によって少しだけ弱くなる。いや、和らぐというべきか。潜んでいた女性的な特性が現れてくるのである。

言うまでもなく、転機となるのは、ムルマンに欲情し、その肉体を貪った、あの日の出来事だ。初めて己の肉体を異性に差し出し、女である自分が受け入れられたエテロは、家父長制の拒否という一線は譲らぬまま、情事にのめり込む。

ところが、そんなエテロに思いもかけぬ試練が襲いかかる――。

中年女性の初体験をモチーフに、女性の自立について考察したユニークな作品。ヒロインのエテロに扮したエカ・チャヴレイシュヴィリの演技が絶品だ。

他人の評価など歯牙にもかけず、徹底的に自己肯定を貫くエテロの姿を、チャヴレイシュヴィリは、単なるセリフや動作だけではなく、彼女の肉体そのものによって、文字どおり体現し得ている。

女友達に“たらいみたいな”と評される尻を含め、自らの裸身を恥じるどころか、誇らしげにカメラの前に晒してみせるのは、エテロに同化しきったチャヴレイシュヴィリである。そこには、エテロに対するチャヴレイシュヴィリの全面的な共感と支持がある。それは、自らの生き方やセクシャリティに対する、チャヴレイシュヴィリの強烈なプライドでもあったろう。

映画レビュー「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」

ブラックバード、ブラックベリー、私は私。

2023、ジョージア/スイス

監督:エレネ・ナヴェリアニ

出演:エカ・チャヴレイシュヴィリ、テミコ・チチナゼ

公開情報: 2025年1月3日 金曜日 より、ヒューマントラストシネマ有楽町他 全国ロードショー

公式サイト:http://www.pan-dora.co.jp/blackbird/

コピーライト:© - 2023 - ALVA FILM PRODUCTION SARL - TAKES FILM LLC

配給:パンドラ

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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