不都合な事実は世界に伝わるか
ヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区<マサーフェル・ヤッタ>。長年にわたり、この地はイスラエル軍の暴力にさらされてきた。家屋は破壊され、インフラはつぶされ、パレスチナ人は居住困難な状態へと追い込まれてきたのだ。
バーセル・アドラーは、少年時代からその様子をカメラに収め、世界に向けて発信してきた活動家であり、ジャーナリストでもある。そんなバーセルのもとに、イスラエルからユヴァル・アブラハームという同年代のジャーナリストが訪れる。自国政府のあまりに非人道的な行為を見かねて、あえて火中に飛び込んだのだ。
2019年の夏。イスラエル軍はかつてない規模で<マサーフェル・ヤッタ>に住むパレスチナ人の強制追放を開始していた。同地を軍事演習場にするためというのが名目だった。
二人は、その様子をハンディカメラやスマートフォンで撮影し、外部に発信していく。彼らの撮った映像が人々を動かし、いつかイスラエル軍やイスラエル人入植者の暴挙を止めてくれる。二人は期待を抱いていた。
本作は、そんな二人が撮った映像を中心に、19年夏から23年秋までの約4年間に<マサーフェル・ヤッタ>で起きた出来事を記録したドキュメンタリーである。
ショベルカーで家屋を破壊する。トイレまで壊す。建て直せないように大工道具を没収する。抵抗すれば銃殺も厭わない。
しかし、それだけで住民は屈服しない。それならばと、クレーンで送電線を引き倒す。さらには井戸にコンクリートを流し込む。ライフラインを奪えば逃げずにはいられないという計算だろう。
人倫にもとる行為の数々。外道である。外に伝わればただでは済まないだろう。現に、バーセル・アドラーもユヴァル・アブラハームも、映像や記事を外部に発信しているではないか。そう思う者は少なくないだろう。しかし、現実は甘くないようだ。
日本記者クラブで行われた試写会の上映後に登壇した中東ジャーナリストの川上泰徳氏によると、イスラエルではテレビなどメジャーな媒体で、このような事実がニュースとして流れることはない。本作に登場するユヴァルは左派系のメディアに記事を書いているが、人権活動家という位置づけであり、ジャーナリストとは見做(な)されていないと言う。
要するに、軍隊の暴力や人権侵害について、一般の国民が知ることはないのだ。国家は不都合な事実を隠す。そして多くのメディアは政府に追随する。「日本だって同じでしょう」と川上氏は言う。
イスラエルでの上映は期待できない本作。可能な限り世界各国で公開され、怒りと糾弾の渦が巻き起こることを切に願う。
ノー・アザー・ランド 故郷は他にない
2024、ノルウェー/パレスチナ
監督:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
公開情報: 2025年2月21日 金曜日 より、TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋他 全国ロードショー
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/nootherland/
コピーライト:© 2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
配給:トランスフォーマー