米仏とは異なる英国ノワールの魅力
フィルム・ノワールといえば、まずはアメリカの犯罪映画だ。1940年代から50年代にかけて量産された、低予算の作品群がまず想起されるだろう。次に、ジャック・ベッケルやジャン=ピエール・メルヴィルらが50年代から60年代にかけて手がけたフランスの犯罪映画。こちらは、フレンチ・フィルム・ノワールと呼ばれる。さらには、80年以降の香港ノワールもある。
そんな流れの中で、なぜか忘れられてきたのが、ブリティッシュ・ノワールである。本映画祭では、これまで見る機会が乏しかったイギリス製のフィルム・ノワール13本を一挙上映。独特の魅力を味わう絶好のチャンスだ。
若きアッテンボローの名演が光る
「ブライトン・ロック」は本映画祭の目玉というべき作品。グレアム・グリーンの原作の映画化で、グリーン自身も共同脚本家として参加している。ブリティッシュ・ノワールを代表する名作だ。
舞台はロンドン郊外の保養地として知られるブライトン。あるギャング殺しに関わった記者を、ギャング団の若いリーダーであるピンキーが追い詰め、遊園地のアトラクション内で殺害してしまう。
ピンキーは仲間のスパイサーにアリバイ工作を託すが、スパイサーはドジを踏んでしまう。スパイサーの失策はレストランのウェイトレスであるローズにばれるかもしれない。そこでピンキーはローズに接近し、口止めのため親密な関係になる。
一方、殺された記者が逃亡中に出会っていた中年の女芸人アイダは、記者の挙動がおかしかったことを思い出し、独自に事件の真相を探り始める。
ピンキーとローズとの関係、ピンキーによるさらなる殺人、素人探偵として事件を追うアイダ。複数の人間関係やアクシデントが絡み合いながら、劇的なクライマックスが導かれる。
カメラワーク、カット割り、そして役者の演技、どれをとっても素晴らしい。だが、ひときわ光っているのは、主人公のピンキーに扮した若きリチャード・アッテンボローの演技だ。
役作りのために元ギャングから助言を受けたり、体重を落とすため後に経営陣の一人となるチェルシー・フットボール・クラブのトレーニングに参加したりと、かなり気合を入れて撮影に臨んだらしい。
結果的に、冷酷無惨でありながら臆病かつ卑劣な若年のギャングという複雑な人間像を、鮮やかに造形化することに成功している。
ほかに、素人探偵として随所に登場し、ダークな世界に陽気なムードをまき散らすアイダ役のハーマイオニー・バッドリーもいい味を出している。
ラストはオリジナルの悲痛さを回避するため、機知を利かせた余韻のあるエンディングに変えられている。原作者のグリーンは気に入らなかったそうだが、味わいがあっていいと思う。
本作は、英国映画協会選出の20世紀英国映画ベスト100で15位に選出されている。
映画ファン垂涎の13本
本作以外にも、戦前の前衛映画「時のほか何ものもなし」(1926)で知られるアルベルト・カヴァルカンティ監督の「私は逃亡者」、「裸の町」(1948)でニューヨークを生々しく記録したジュールス・ダッシン監督がロンドンを活写した「街の野獣」、ドン・シーゲル監督の初長編となった「ビッグ・ボウの殺人」など、映画ファンなら必ず食指を動かすであろう作品がずらりと並ぶ。日本初公開5本を含む全13作品。
ブライトン・ロック
1948、イギリス
監督:ジョン・ボールティング
出演:リチャード・アッテンボロー、キャロル・マーシュ、ハーマイオニー・バッドリー
「ブリティッシュ・ノワール映画祭」
場所:新宿K’s cinema
日程:2月22日(土)~3月21日(金)※3月8日(土)〜3月14日(金)の上映はなし
上映作品
『ブライトン・ロック』(1948)※日本未公開
『日曜日はいつも雨』(1947)※日本未公開
『私は逃亡者』(1947)
『兇弾』(1950)
『夢の中の恐怖』(1945)
『その信管を抜け』(1949)※日本未公開
『街の野獣』(1950)
『ミュンヘンへの夜行列車』(1940)※日本未公開
『二つの世界の男』(1953)
『妖婦』(1945)
『青の恐怖』(1946)
『第七のヴェール』(1945)
『ビッグ・ボウの殺人』(1946)※日本未公開/特別上映
公式サイト:https://brighthorse-film.com/films/388/
配給:アダンソニア