日本映画

映画レビュー「風に立つ愛子さん」

2025年2月22日
避難所暮らしは幸せな時間だった―。津波で凍っていた心が溶けたから、涙ばかり出る―。愛子さんの真っ直ぐな言葉に心打たれる。

笑顔の奥に孤独が滲む

2011年3月11日、東日本大震災。東北地方を襲った大津波は家屋をさらい、人々をのみ込んだ。宮城県石巻市の湊小学校は、住処(すみか)を失ったものの命は取り留めた人たちの避難所となった。

愛子さんは、この避難所に集まった住民の一人だ。当時69歳。糖尿病を患い、決して健康体とは言えないが、いつも笑顔を絶やさず、まわりの人に大きな声ではきはきと話しかける。そんな愛子さんを、みんなは親しみを込めて愛ちゃんと呼んだ。

ただし、決して天真爛漫というのではない。ふとした瞬間、心の奥に潜ませた孤独感が覗き見える。それを人に悟られないよう、努めて明るく振る舞っているようにも見えるのだ。

ずっと一人で生きてきた。一人が孤独なのは当たり前。でも、そこには自由がある。家族がいる人の孤独はまた違う――。心を許した藤川佳三監督との対話で、愛子さんはしばしば哲学的な言葉を口にする。

津波で凍っていた心が溶けたから、涙ばかり出る――。そんな詩的な言葉も自然にこぼれ出る。一人で生きる中、人と触れ合い、ぶつかり、傷つきながら、愛子さんは、自分を守り、同時に人を和ます表現力を培ってきたのかもしれない。文学少女だった母親の影響もあるのだろうか。

2012年に公開された「石巻市立湊小学校避難所」において、すでに際立った存在だった愛子さん。親しくなった藤川監督は、その後も石巻に通い、愛子さんにカメラを向け続けた。

だから、本作は「石巻市立湊小学校避難所」のスピンオフ作品ということになる。年齢差を超えて親友になった小学4年生のゆきなちゃんとの交流。早い時期に仮設住宅へ移った愛子さんが、新居に足を踏み入れた瞬間に見せる、戸惑いのような、寂しさのような、いわく言い難い表情や仕草、言葉。こういったハイライトシーンは、本作にも再録され、改めて心を打つ。

本作では、心の距離を縮めた藤川監督に対し、愛子さんはさらに素顔を見せていく。女である母を傷つけないように気を遣いながらの介護。姪を進学させるためにオープンした店で、客から心ない言葉を浴びせられたこと。

だが、持ち前のユーモアゆえに話は決して暗くならない。そんなある意味用心深い愛子さんが感情を爆発させるシーンがある。仮設住宅から復興住宅へ転居する際に、手伝いをしてくれた女性の一言が、愛子さんの心の防波堤を突き崩す。見る者もあっと意表を突かれるであろう、本作のクライマックス・シーンである。

愛子さんにとって大切なもの、かけがえのないものが何だったのか。この場面はその答を知るヒントになるかもしれない。

避難所暮らしを「幸せな時間だった」「爽やかに清々しく生きていた」と懐かしみ、津波に「津波様」と敬称付けで呼ぶ愛子さん。その真っ直ぐな言葉が胸に沁みる。

映画レビュー「風に立つ愛子さん」

風に立つ愛子さん

2024、日本

監督:藤川佳三

出演:村上愛子、石川ゆきな、湊小学校避難所の人々、石巻市仮設住宅の人々

公開情報: 2025年2月22日 土曜日 より、ポレポレ東中野他 全国ロードショー

公式サイト:https://aikosan.brighthorse-film.com/

コピーライト:© 2024 IN&OUT

配給:ブライトホース・フィルム

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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