孤独な青年が見た悪夢の世界
100年前のサイレント映画を甦らせたような、独特のスタイルで知られるカナダの異才ガイ・マディン監督。その初期代表作2本が4Kレストア版にて特集上映される。
そのうちの1本が「ギムリ・ホスピタル」。母親が臨終を迎えようとしている病床で、祖母が二人の子供たちに孤独な青年エイナーの話を語り始める。
時代は19世紀末、舞台はカナダの町ギムリ。漁師のエイナーは天然痘に罹患し、ギムリ・ホスピタルに収容される。隣のベッドでは同じ年頃の友人グンナーがやはり天然痘の治療を受けている。
看護婦は美人ばかりだが、全員が陽気なグンナーの虜(とりこ)となり、エイナーは一顧だにされない。グンナーは話術に長けており、幸せだった三人の少女が事故で亡くなったという悲話をはじめ、ギムリに伝わる物語の数々を話して聞かせることで看護婦たちの心を惹きつけていたのだ。
やがて看護の枠を越え、性的な行為にまで及ぶグンナーと看護婦の姿に、エイナーは嫉妬の炎を燃やす。そして、ある日、ある女性に関わる二人の秘密が露呈し、友情は完全に壊れるのだった――。
登場人物が映像とともに紹介されるオープニングから、古典的なムードがあふれ、目がスクリーンに吸い付けられる。様式化された演技と、表現主義的なメリハリあるモノクロ映像は、コクトーやブニュエル、ムルナウらの前衛映画に似た感触だ。
だが、それは懐かしさではない。映画の原点を見せつけられる衝撃だ。現実と幻想が入り交じった、悪夢のような物語には、このようなスタイルこそがふさわしいと思わずにはいられない。現代映画が忘れがちな映画のフォトジェニックな力が、作品に溢れかえっているのだ。
戦争が人間の精神を破壊する
もう1本は「アークエンジェル」。「ギムリ・ホスピタル」に続く長編第二作で、前作同様にリアルとファンタジーが交錯する、モノクロ・サイレントのシュールな世界が描かれている。
舞台は北極海に近いロシアの都市アルハンゲリスク。題名のアークエンジェルとはその英語名で大天使の意味だ。
第一次世界大戦はとっくに終わっていたが、アルハンゲリスクの人々はそれを知らされてない。記憶障害に陥ったカナダ人中尉のジョン・ボールズは、今は亡き恋人アイリスの面影を求めて街をさまよい、彼女に瓜二つのロシア人看護婦ヴェロンカと出会うと、たちまち恋に落ちる。
ボールズはヴェロンカに求婚し、ヴェロンカは承諾する。しかし、ヴェロンカにはパイロットのフィルビンという夫がいた。ヴェロンカはフィルビンが浮気をしたので結婚を破棄したと主張するが、真実は不明だった。ボールズもヴェロンカも精神に錯乱をきたしていたのだ――。
戦争という暴力が人間の精神を狂わせ、崩壊させていく恐怖を、モノクロームの悪夢として描いた、ガイ・マディン監督ならではの作品。
ギムリ・ホスピタル
1988、カナダ
監督:ガイ・マディン
出演:カイル・マクローチ、マイケル・コッリ、アンジェラ・ヘック
アークエンジェル
1990、カナダ
監督:ガイ・マディン
出演:カイル・マクローチ、マイケル・コッリ、サラ・ネヴィル
公開情報:2025年3月15日 土曜日 より、イメージフォーラム他全国ロードショー
公式サイト:https://guymaddin.jp/
配給:Riskit