ハッテン場で起こる殺人事件「湖の見知らぬ男」
湖畔で陽を浴びている男たち。単に日光浴を楽しんでいるわけではない。セックスのパートナーを探しているのである。ただし相手は男性限定。そこは、男たちのためのハッテン場なのだ。
男たちには羞恥も遠慮もない。下半身丸出しの体を堂々と晒(さら)して、お気に入りの男を物色し、新たな出会いを待っている。
このような映画を撮る場合、日本をはじめアメリカなど規制の厳しい国では、いかにして局部を見せないかに腐心するもの。しかし、本作「湖の見知らぬ男」には、そのような配慮も工夫も全く見られない。
性器はそこにある。なぜ、それを隠す必要があるのか。見えるものを見えるように撮るのは当たり前、と言わんばかりに、アラン・ギロディ監督は実にナチュラルに、淡々と、男たちの局部を映し出して見せるのだ。表現の自由度が高いヨーロッパでも、ここまで奔放な映像は珍しいのではないか。
そのあまりに率直、直截な描写は見る者をドキリとさせはするが、決して煽情的ではない。これ見よがしな構図や前のめりの演出とは無縁の、冷静沈着な映像なのだ。
男性器の露出はあくまで結果。男たちが求め合い、愛し合う行為を、素直に撮ればこうなるだけのことだ。本作の主人公である青年フランクも、セクシーなミシェルという男と恋をし、そそり立つ男根を貪り合う。カメラは彼らの行為を観察するように見つめる。
ミシェルに首ったけなフランク。だが驚くべきは、ミシェルが殺人者であるという事実だ。そして、フランクはそのことに気付いているということだ。それでもなおミシェルから離れられないフランクの、何という性愛への執着ぶりだろうか。
犯行後も平然としているミシェルも不気味である。フランクは身の危険を感じているはずだが、不安や恐怖よりも欲望が勝っているようだ。
警察の捜査が入り、新たな犠牲者が出る。真夏の渚は不穏なムードに包まれる――。
男たちの楽園である湖畔を、忌まわしい殺人現場へと一転させることで、性の悦びと死の恐怖を、グロテスクに並置する。ギロディ監督の自由奔放な想像力が生み出した、異色のクライムサスペンス映画である。
中年娼婦に恋した男を襲うトラブル「ノーバディーズ・ヒーロー」
中年男のメデリックは、ジョギング中に娼婦のイザドラをナンパし、その後ホテルで事に及ぶ。イザドラはたちまち喘ぎ声を上げ始めるが、突如テレビからテロのニュースが流れ、行為は中断。イザドラは迎えに来た夫とともに帰ってしまう。
メデリックが帰宅すると、アパルトマンの前にアラブ系の若者がいた。テロと関係があるのかどうか。判断がつきかねぬまま、メデリックは若者を自宅に入れてしまう。
映画は、メデリックがイザドラと逢瀬を重ね、そのたびに夫からの妨害で行為を中断される場面と、アラブ系の若者が起こす騒動にメデリックが翻弄される場面とを、並行して描いていく。
IT技術者であるメデリックが中年の娼婦イザドラに恋こがれ、売春には反対だからと無料でセックスを求める。そして相手もそれを受け入れる。この設定が、二人のキャラクターも相俟ってコミカルだ。
ただコミカルなだけではない。娼婦との交渉はビジネスであって恋愛ではないという世間の常識に、二人は真っ向から対立しているのだ。
また、娼婦の夫が彼女の職業を少しも恥じることなく、紳士的にエスコートしている点も注目したい。夫は売春には寛容でありながら、そこに恋愛感情が伴うことは許せず、激しい嫉妬心を爆発させる。通念や常識にとらわれないギロティ監督らしい人物造型ではなかろうか。
葬儀で帰郷した男の愛と欲望「ミゼリコルディア」
パン職人のジェレミーは、店長の葬儀に出席するため、久々に帰郷した。ジェレミーは、店長の未亡人マルティーヌの家に滞在し、マルティーヌの息子ヴァンサンや親友のワルターと旧交を温める。
ワルターはジェレミーに友好的だったが、ヴァンサンは違った。母親の家に泊るのは「おふくろが好きだからか」と嫌味を言い、ジェレミーがヴァンサンと会ったことも非難する。
ヴァンサンはたびたびジェレミーを挑発し、取っ組み合いを仕掛けてくる。そして何度目かの殴り合いはヒートアップして――。
店長の写真を眺めるジェレミーにマルティーヌが「ずっと好きだった? 告白できなかった?」と尋ね、ジェレミーが頷くシーンがある。どうやらジェレミーはゲイであるらしい。だが一方で、ヴァンサンは「おふくろが好きだからか」と言い、さらには「おふくろと寝る気だろ」とジェレミーを殴るシーンもある。要するに、ジェレミーはバイセクシャルなのだ。
ヴァンサンやワルターと比べ、ジェレミーは明らかにハンサムな男であり、性的な魅力に富んでいる。その甘いルックスは男にも女にも効いたに違いない。
自分自身それを意識しているのだろうか、ジェレミーは周囲の人物の心を奪っていってしまうのだ。
「ずっと好きだった?」と言うマルティーヌも、「おふくろと寝る気だろ」と言うヴァンサンも、全く遠慮や躊躇というものがない。露骨に急所を突いてくる。そして、物語は彼らの言葉どおりに展開していくのである。神をも恐れぬハッピーエンドに乾杯したい。
湖の見知らぬ男
2013、フランス
監督:アラン・ギロディ
出演:ピエール・ドゥラドンシャン、クリストフ・パウ、パトリック・ダスマサオ、ジェローム・シャパット、マチュー・ヴェルヴィッシュ
コピーライト:©️ 2013 Les Films du WorsoArte / France Cinéma / M141 Productions / Films de Force Majeure
ノーバディーズ・ヒーロー
2022、フランス
監督:アラン・ギロディ
出演:ジャン=シャルル・クリシェ、ノエミ・ルヴォウスキー、イリエス・カドリ、ミシェル・マジエロ、ドリア・ティリエ
コピーライト:© 2021 CG CINÉMA / ARTE FRANCE CINÉMA / AUVERGNE-RHÔNE-ALPES CINÉMA / UMÉDIA
ミゼリコルディア
2024、フランス
監督:アラン・ギロディ
出演:フェリックス・キシル、カトリーヌ・フロ、デュラ、ジャック・ドゥヴレ、ジャン=バティスト・デュラ、デヴィッド・アヤラ
コピーライト:© 2024 CG Cinéma / Scala Films / Arte France Cinéma / Andergraun Films / Rosa Filmes
公開情報:2025年3月22日 土曜日 より、シアター・イメージフォーラム他全国ロードショー
公式サイト:https://www.sunny-film.com/alain-guiraudie
配給:サニーフィルム