外国映画

映画レビュー「IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー」

2025年4月25日
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次から次へとコラージュされる映像が、映画の原初的魅力を伝え、映像の氾濫に警鐘を鳴らし、ファシズムへの憎しみをかき立てる。

いまカラックスはどこにいる?

映像や画像の引用に次ぐ引用、そして音楽とナレーションと文字。後期ゴダールを思わせずにはおかないカラックスの新作は、パリのポンピドゥー・センターで開催予定だったカラックスの展覧会が予算オーバーで頓挫したため、その穴埋めとして制作された42分の映像エッセイだ。

「いま君はどこにいる?」という同センターの問いかけに対する回答だという本作を構成するのは、「メルド」「ポンヌフの恋人」「汚れた血」など自作映画の抜粋や、戦前戦後の古典映画の断片、記録映像、そして自身や家族のプライベートな映像や画像。次から次へとコラージュされていくカット群の相互関連性を、すべて即座に了解するのは容易でないだろう。

そもそも、それが何という映画なのか、被写体は誰なのかを特定したり、想像したりする暇はない。次の瞬間には別のカットに切り替わってしまうからだ。

しかし、各カットは決して無秩序に並べられているわけではない。謎解きをあきらめ、じっと見続けていくと、いくつかのテーマが浮かび上がってくる。

一つは、アウシュヴィッツをはじめとするジェノサイドが、今も繰り返されつつあることへの苛立ちだ。ユダヤ人という出自ゆえの敏感さもあるのだろうか。ヒトラーへの憎しみ、そしてアサド、トランプ、プーチン、金正恩、習近平ら、ヒトラーの後継者たちへの憎しみを、カラックスは彼らの肖像写真の羅列に込め、「悪夢の蔓延」と悲嘆にくれる。

同じユダヤ人であるポランスキーを、クラクフ・ゲットーの生き残りであり、妻を惨殺された男と同情的に語りつつ、未成年の少女をレイプした犯罪者であることも忘れず付け加えるのは、本作に組み込まれた愛娘のビデオ映像を見れば当然と思う。

カラックスは現代社会における映像の氾濫にも警鐘を鳴らす。カメラマンが苦心惨憺して撮影していた映像が、今は携帯電話で誰もが簡単に撮れる。かつての神のまなざし、慄(おのの)きをどう取り戻すか。これは、映画作家として深刻なテーマだろう。

あふれる映像で瞬きを奪われ、目が乾けば、視力を失う。この文脈でジョン・フォード、ニコラス・レイ、ラオール・ウォルシュというアイパッチ3巨匠の画像を繰り出すユーモアがうれしい。

ほかに、カラックスの分身たるドニ・ラヴァン、ミューズのジュリエット・ビノシュが思い切りスクリーンを躍動するカットが収められており、ファンは堪らないだろう。女性がダイビングする映像や、バレエダンサーの映像などとともに、モーション・ピクチャーとしての映画の魅力が存分に味わえる作品でもある。

また、マリリン・モンローのホクロに関わる逸話、ゴダールの留守電メッセージなど、貴重なコンテンツもある。ゴダール的ではあるが、スピードはゴダールほど速くない。たっぷり瞬きしながらご覧いただきたい。

 

映画レビュー「IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー」

IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー

2024、フランス

監督:レオス・カラックス

出演:ドニ・ラヴァン、カテリーナ・ウスピナ、ナースチャ・ゴルベワ・カラックス

公開情報: 2025年4月26日 土曜日 より、ユーロスペース他 全国ロードショー

公式サイト:http://www.eurospace.co.jp/itsnotme/

コピーライト:© Jean-Baptiste-Lhomeau/© 2024 CG CINÉMA • THÉO FILMS • ARTE FRANCE CINÉMA

配給:ユーロスペース

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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