性転換者の孤独と絶望
ファスビンダーがバイセクシャルだったことは、周知の事実。多数の男女と愛人関係を結んだが、74年からは、自作にも度々出演していた俳優のアルミン・マイヤーと同棲を始める。
しかし、やがて関係は悪化。78年、マイヤーの自殺という形で終焉を迎える。「13回の新月のある年に」は、このマイヤーの自殺が契機となって製作された作品だ。
主人公は性転換して男から女になったエルヴィラ。同棲していた男から捨てられた失意のエルヴィラが、友人の娼婦に支えられながら、少年期を過ごした修道院の院長、昔の恋人、別れた妻と娘、彼女のインタビュー記事を書いたジャーナリストなど、さまざまな人物を訪ね歩く。だが、どこにも救いは見出せず、孤独と絶望の中でエルヴィラは死んでいく。
まさにマイヤーを彷彿とさせる結末だが、人物造型もストーリーも完全なるフィクションである。
また、悲劇的なプロットには、オマージュ、引用、コメディ、哲学的対話など、多様な要素がふんだんに加えられており、ただ暗く悲しいだけの映画にはなっていない。
しかも、それらの要素は、劇的効果を狙ったものと、ストーリーの流れとは無関係に組み込まれたものとがあり、なかなか複雑な構造を成している。
男娼を買いに出た男装のエルヴィラが、“女”であると気づかれ袋叩きに遇う冒頭場面に流れる音楽は、マーラーの交響曲5番。ヴィスコンティの「ベニスに死す」(71)を意識させ、ダーク・ボガードの化粧顔を想起させるこのシーンは、主人公の運命を予告する、計算づくの演出だろう。
一方、かつての恋人で、今は不動産王として成功し、街の顔役となっているアントン・ザイツを訪ねる場面では、自殺しようとしている男とエルヴィラの長い対話や、ザイツとその仲間たちに混じり、映画のダンスシーンを再現してふざけまくる様子がたっぷり時間をとって収められている。
喩えて言うなら、ジャズやロックのライブで、ソロプレーヤーが曲の構成などおかまいなしに、延々とアドリブ演奏を続けるような、堂々たる逸脱ぶりなのだ。
ちなみに、ダンスシーンは、ジェリー・ルイスとディーン・マーティンのコンビ作「お若いデス」(55)で見せ場となっている群舞のシーン。ビデオで映画を何度も見ているのだろう。ルイスのダンスを完璧にコピーして悦に入るザイツの、狂気を帯びたパフォーマンスが強烈な印象を残す。
ファスビンダーのコメディ志向はデビュー時から顕著だが、ジェリー・ルイス好きも含め、影響を受けたゴダールとの共通性を、改めて感じさせる。
それにしても、恋人の死にインスパイアされながら、ここまで突き放した作品を撮ってしまうファスビンダー。恐るべき映画作家である。
テロリストと資本家との結託
「第三世代」は「13回の新月のある年に」に続いて製作された作品。
コンピュータ会社の経営者が、販売不振を打開するため、ベルリンでテロ事件を起こすという奇策を思いつく。テロ事件が起これば、警察が捜査に使うコンピュータを導入するに違いないと踏んだのだ。
時代は70年代末。第一世代、第二世代に続いて登場したドイツ赤軍の第三世代は、革命の理念を失い、テロ活動は自己目的化している。資本家にとっては御しやすい相手だ。
そもそも彼らは人間関係に節操がない。ズザンネは経営者ルーツの秘書をしているが、夫のエドガーともどもテロリスト集団のメンバーでもある。しかも、あろうことかズザンネは、義理の父で刑事のゲルハルトと肉体関係を持っているのだ。そして、集団のリーダーであるアウグストはルーツと昵懇な間柄ときている。
要するに、テロリスト、資本家、警察が、あちこちで繋がっているのだ。右も左もあったものではない。
集団は、新たに射撃の名手、爆弾のスペシャリストなどをメンバーに加え、茶番劇がスタート。用済みとなったメンバーは始末され、最後は経営者の思惑通りの結末へ。
てんとう虫のコスチュームをまとったビュル・オジエ、顔面を道化師ふうに塗りたくったハンナ・シグラ。クライマックスを彩る二大女優の強烈なビジュアルに目がくらむ。
「13回の新月のある年に」同様、本筋とは無関係な映像や音声が全編に氾濫。ファスビンダーが想像力と思考のすべてを注ぎ込んだ、密度の濃い一編だ。
ハンナ・シグラ、ハリー・ベアをはじめ、ファスビンダー一家が大挙出演しているオールスター映画でもある。座付き作曲家ともいうべきペーア・ラーベンの音楽も含め、ファスビンダーのすべてが詰まった作品と言えるかもしれない。
13回の新月のある年に
1978、西ドイツ
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
出演:フォルカー・シュペングラー、イングリット・カーフェン、ゴットフリート・ヨーン、エリーザベト・トリッセナー、エーファ・マッテス、ギュンター・カウフマン
第三世代
1979、西ドイツ
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
出演:フォルカー・シュペングラー、ビュル・オジエ、ハンナ・シグラ、ハリー・ベア、ウド・キアー、マーギット・カーステンゼン、エディ・コンスタンティーヌ、ハルク・ボーム
2018年10月27日(土)より、渋谷ユーロスペース他全国ロードショー。
公式サイト:http://www.ivc-tokyo.co.jp/fass2018/
コピーライト:©2015 STUDIOCANAL GmbH. All Rights reserved.
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