インタビュー・会見日本映画

「エリカ38」日比遊一監督 単独インタビュー

2019年6月8日
20歳以上もサバを読んで、男たちを騙し、何億円もの金を詐取した、魔性の女。浅田美代子が難役に挑み、新境地を見せた。

企画は樹木希林、主演は浅田美代子

還暦過ぎても38歳と偽り、男たちを手玉に取って、何億円もの金を詐取した、魔性の女、エリカ。肥大化する女の欲望が行き着く先にあるものは? 2018年9月に逝去した樹木希林の初企画作にして、遺作ともなった、浅田美代子主演「エリカ38」。日比遊一監督は「“下層な暮らしに戻りたくない”という思いが、エリカを突き動かした」と語った。

2つの濡れ場は大きなチャレンジ

――本作を監督されたきっかけは、樹木希林さんからのオファーだったそうですね。

2017年に、「健さん」で日本批評家大賞のドキュメンタリー賞を受賞し、授賞式の日に希林さんと久しぶりにお会いしたんです。そのとき出たのが、この映画の話でした。最近、女性詐欺師の事件があったけど、映画化してみないかと。主演は浅田美代子さんで、僕が脚本も書く。それが条件でした。

希林さんは、浅田さんを娘のように可愛がっていて、彼女に女優としての代表作がないことを気にされていた。それで、この役をぜひ浅田さん主演で撮ってほしいということでした。

――浅田さんのイメージとはかけ離れた役ですね。

浅田さん自身も、自分にはこんな役はこないからとおっしゃっていました。こういう役は、いわゆる演技派の女優さんがやることが多い。しかし、今回は希林さんからの指名で、浅田さんに決まった。となれば、「浅田さんでよかったね」と言われるような作品に仕上げなければいけない。

――責任重大ですね。

浅田さんとしても、大きなチャレンジだったと思います。10代の頃からアイドルとして生きてきた。仮に本人にその意識がないとしても、世間はそういうイメージで見ている。その浅田さんを、いかにエリカという役にはめ込むか。

――濡れ場もあります。

浅田さんが演じられるギリギリの線まで演ってもらった。1回目のセックスシーンと2回目のセックスシーンでは、後者のほうがエリカはアグレッシブになっている。それを表現するには、どうすればいいか。本人は抵抗があったかもしれませんが、監督として妥協はしたくない。やり通してもらいました。

――撮影期間はどれくらいですか。

13日。タイでも撮影しましたが、それも含めてです。希林さんが、冗談交じりに「千葉の海に美代ちゃんの別荘があるから、そこで撮ればいいじゃない」とおっしゃったんですが(笑)、さすがに、それは嫌だと。

希林さんに逆らって行ったわけですから、タイのシーンはプレッシャーもありましたね。タイに到着した日、撮影は明日でいいのではと、スタッフが言った。しかし、翌日では人通りが絶えて、予定した撮影ができない。浅田さんの疲労もあったでしょうが、あえて強行し、イメージ通りの映像を撮ることができました。

差し出された松葉杖に手が伸びる

――エリカのモデルとなった女性をどう思いましたか。

あの女性を見たとき、正直言って、僕は性的魅力を覚えなかった。還暦過ぎていながら、女性を武器に男を騙したと言われていたが、そういうものは全く感じなかった。では、なぜ、そんな女性にころりと騙されるのか。

映画の中で、被害者役の古谷一行さんが述懐しているように、人間はみんな、足りないものがある。そこにぴたっとはまって支えてくれる松葉杖みたいなものを差し出されれば、誰だって手を伸ばすでしょう。そうすると、もう、それなしじゃ、一歩も歩き出せなくなってしまう。そういうことじゃないかと思うんです。彼女も、最初は騙そうなんて意識はなかったのではないでしょうか。

――同じく被害者を演じた小松政夫さんも「騙されたとは思わない」と言っていました。

僕が個人的にリサーチした中でも、「騙された」という人はいなかった。同様なことをしている団体をいくつも取材して回ったんですよ。

どこも宗教団体みたいな雰囲気でしたね。出資している人って、ほとんど自分のお金は出していない。自分でグループを作って、自分が言われたように人に投資の話をして、お金を集めている。

エリカが出資者に責められるシーンがありますが、あの人たちはみんなそれぞれ何十人ものグループを持っている。金が戻ってこないと、自分に矛先が向けられる。だから、あんなに必死になるんです。

――そもそもエリカを詐欺に駆り立てたものは何でしょう。

伊藤(木内みどり)という女社長と、彼女に紹介される平澤(平岳大)の導きによって、エリカは道を踏み外していくわけですが、そのバックグラウンドとして、少女時代の回想シーンを加えました。

うす暗い部屋で、父親がクチャクチャと咀嚼音を立てて食事をしている。チープな、下層な暮らし。そんな環境から脱け出したい。二度とあんな場所には戻りたくない。そういう気持ちが、彼女を突き動かしてきた。リッチな階層への憧れを募らせてきた。そこに、伊藤や平澤が現れた。それは、古谷一行さんに言わせれば、松葉杖だということになる。

――エリカ自身も被害者ということですね。

そうです。冒頭のシーンで、逮捕されたエリカが、メディアに「私も被害者の一人です」と言っていますよね。

――その意味では、同情すべき存在とも思いました。彼女以上の悪役は、伊藤や平澤ですよね。木内みどりさんと平岳大さんが、とてもうまく演じています。

この二人のキャスティングは大成功でした。平澤の役は難しい。説得力のある喋り方だけど、よくよく耳を傾けてみると、何を言っているのか分からない。カリスマ性はあるけど、ちょっとイヤらしい男。平くんが実に巧みに演じてくれました。

木内さんも、自前で衣装や小道具を用意してくれたり、リクエストには何でも応えてくれた。年齢不詳の魅力もあり、素晴らしい女優さんだと思います。

――希林さんの遺作となりました。

希林さんのような大女優の遺作となったのは、偶然とはいえ、申し訳ない気持ちはあります。ただ、与えられた条件の中で、やれることは全部やったという思いもある。自分の役目は果たした。あとは、ご覧になった人たちがどう評価するか。それだけです。

エリカ38

2018、日本

監督:日比遊一

出演:浅田美代子、平岳大、窪塚俊介、山崎一、山崎静代、小籔千豊、小松政夫、古谷一行(特別出演)、木内みどり、樹木希林

公開情報: 2019年6月7日 金曜日 より、TOHOシネマズシャンテ他 全国ロードショー

公式サイト:http://erica38.official-movie.com/

コピーライト:© 吉本興業

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

この映画をAmazonで今すぐ観る

この投稿にはコメントがまだありません