深夜の銭湯は人殺しにうってつけ
主人公は、鍋岡和彦という青年である。東大法学部卒。なのに、就労意欲がないのか、野心がないのか、身分はニート。両親と同居し、文字通り無為徒食の生活を送っている。
そんな和彦が、高校の同級生だった百合から、近所の銭湯でバイト募集していると聞き、面接を受けると、あっさり採用される。
同日に採用された松本とともに、真面目に働く和彦だったが、ある日、とんでもない事実を知ることになる。なんと、その銭湯、閉店後は人を殺す場所として使われていたのだ。
血を簡単に洗い流すことができる。死体は切り刻んで、ボイラーの燃料にできる。要するに、汚れない。バレない。深夜の銭湯は殺人に格好の場所なのだ。
実は、和彦が知る前、予め観客には銭湯の裏の顔が明かされる。男が車に拉致され、銭湯の洗い場に連れ込まれるや、ナイフで(おそらく)頸動脈を切られて殺されるシーンが、冒頭に用意されているのだ。
この鮮烈なシーンを瞼に焼き付けた観客は、和彦が銭湯で働くことになった時点で、彼が危険ゾーンへと踏み出したことを確信。和彦がこれから経験するであろう、さまざまな困難や危機を予感し、スクリーンに身を乗り出すことになる。
巧妙なシナリオだ。
和彦のキャラクター設定も効いている。おそらく人生と一度も真剣に向き合ってこなかったであろう、無気力な男。やりたいこともない。叶えたい夢もないようだ。何となく生きてきた。
その和彦が、禍々(まがまが)しい犯罪の世界へと放り込まれるという落差感。そして、抵抗することもできず、運命に流され続ける無力感。
和彦は、命じられるがまま死体を処理し、あまつさえ殺人にまでコミットさせられる。ずるずると深みにはまっていく和彦。
ところが、皮肉なことに、ぬるま湯で生きてきた和彦は、その恐ろしい世界で、初めて人生の充実感を味わうのだ。(おそらく)初めて恋をし、(おそらく)初めて友情を育み、初めて生きることの喜びに目覚めるのである。
思い返せば、銭湯で百合に再会したこと、同僚の松本が殺し屋だったこと、こういったことすべてが、単なる偶然のようでもあるし、周到な企みのようでもある。リアルな白昼夢のような不思議な感覚の映画だ。
主人公・和彦役でプロデューサーも務めた皆川暢二、監督の田中征爾、松本役の磯崎義知。同学年3人で立ち上げた映画製作ユニットOne Goose(ワングース)による、長編デビュー作。インディーズ映画の可能性を広げた、今年最注目の1本だ。
『メランコリック』(2018、日本)
監督:田中征爾
出演:皆川暢二、磯崎義知、吉田芽吹、羽田真 、矢田政伸 、浜谷康幸
2019年8月3日(土)より、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ港北ニュータウン他全国ロードショー。
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