日本映画

映画レビュー「FAKE」

2019年11月16日
ゴーストライター騒動で表舞台から去った“現代のベートーヴェン”。その知られざる素顔と本心に、森達也監督が迫った。

ラスト12分の展開に驚愕

※新作「i―新聞記者ドキュメント―」が公開中の森達也監督作品「FAKE」(2016)公開時に書いたレビューを、一部加筆した上で掲載します。

聴覚障害のある作曲家として注目を浴びた。“現代のベートーヴェン”と称えられ、テレビにも出演。独特の風貌も相俟って、その名はたちまち日本中に轟いた。

ところが2014年、ゴーストライターの存在が発覚。メディアはいっせいに手の平を返し、バッシングを浴びせる。

一転、詐欺師へと堕ちた天才は、トレードマークの長髪をカット、サングラスも外して、謝罪会見を行い、騒動に自ら終止符を打った。

その後、表舞台から遠ざかり、自宅に引きこもった佐村河内守氏。本作「FAKE」は、そんな佐村河内氏の素顔と本心に迫ったドキュメンタリーである。

監督はオウム真理教信者たちを追った「A」(1998)、「A2」(2001)の森達也。「嫌なら撮影途中でカメラは止めてもよい」との条件付きで、佐村河内氏にカメラを向けていく。

佐村河内氏について解消されていない疑問はいくつかある。「本当に耳は聞こえないのか?」「作曲は全くできないのか?」。

 

これらの点について、森監督は率直に質問し、佐村河内氏は誠実に回答していく。だが、それでも完全には納得できない。

得心がいかない森監督。説得しきれない佐村河内氏。ともに焦れて疲れた2人は、ベランダに出てタバコを吸う。

某テレビ局から出演依頼のためにスタッフがやってくる。自分を徹底的に叩いてどん底に突き落としたメディアに不信をいだく佐村河内氏は、オファーを蹴るが、後日、放送された番組で自分がコケにされているのを見て愕然とする。

モニターには、ゴーストライターからタレントに転身した新垣隆氏が、お笑い芸人相手にはしゃぎまくっている様子も映し出されていた。

佐村河内氏が最もコタえたのは、海外メディアの取材だったろう。日本の記者と違い、遠慮のないストレートな質問は、佐村河内氏を追い詰める。

「作曲した証拠があるのか?」「なぜ家に楽器がないのか?」。答えに窮する佐村河内氏の苦しげな表情を、カメラは逃さない。

しかし、この場面が驚愕のラスト12分の呼び水になることを、森監督はもちろん、佐村河内氏自身も、まだ知らないのである。

この映画にはもう一つ見どころがある。それは佐村河内氏の妻の存在だ。手話通訳として夫をサポートしてきた妻かおりさんの、何が起ころうと動じない強さ。夫の才能を信じて疑わない盲目的信念。

“大スクープ”とも言うべきラストの奇跡は、そんな彼女の存在抜きには起こらなかったに違いない。

FAKE

2016、日本

監督:森達也

公式サイト:http://fakemovie.jp/

コピーライト:© 2016「Fake」製作委員会

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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