外国映画

映画レビュー「人間の時間」

2020年3月18日
休暇を過ごす人々が乗り込んだ退役軍艦が出航した。やがて船は空中を浮遊。生き残りをかけた人間の本性がむき出しになる。

欲望むき出しのサバイバル劇

休暇を過ごす人々を乗せ、軍艦が出航する。かつては戦争に使われた船。今は退役し、客船に転用されているのだ。

この設定自体が、いかにもキム・ギドク監督らしい奇想の産物なのだが、船内で展開するドラマは、さらに奇抜で、驚きの連続。キム・ギドクならではの、ショッキングな出来事が続発していく。

新婚旅行の日本人カップル。政治家とその息子。暴力団。娼婦たち。若者グループ。謎の老人。そして船長とクルーたち。登場人物は多岐にわたり、社会の縮図と見ることもできるだろう。

政治家父子は特別待遇を受けている。船室も食事も他の客とは比べ物にならないほど豪華だ。

日本人のタカシは、差別待遇に食ってかかるが、政治家の警護役を買って出た暴力団の男に恫喝される。政治家の息子アダムはタカシに同情するが、父親は特権的立場に執着するばかり。

一方、性欲を募らせた若者グループは、タカシの妻であるイヴを襲い、犯してしまう。さらには、暴力団の男、そして政治家までもがイヴの体を奪ってしまう。

激怒したタカシは暴力団の男に殴りかかるが、男に刺し殺されてしまう。イヴは悲嘆のあまり、船から身を投げようとするが、老人に止められる。

こうして、エゴと欲望をむき出にした人間たちの、すさまじいサバイバル劇が幕を開ける。

翌朝、乗客たちが目を覚ますと、船は空中に浮いている。キム・ギドクは、ここで早くも、映画を非現実化する。過去作を見れば分かるように、リアリズムから入り、突如としてシュールな世界へと飛躍させるのは、キム・ギドクの専売特許だ。

すなわち、ここから先は、神話の領域となる。ノアの方舟と化した船上で、突飛なことがリアルな出来事として起こり、そのことを通して、人間の本性が浮き彫りされていく。人類の運命が描かれていく。

キーパーソンとなるのが、乗客、乗員たちの諍(いさか)いや争いを横目に、植物の栽培とヒナの飼育に専念する、謎の老人。韓国の名優アン・ソンギが存在感たっぷりに演じ、この映画に重厚感を与えている。

日本人カップルに扮するのは、藤井美菜とオダギリジョー。韓国語を使った韓国映画だが、二人は日本語を話し、しかも通訳なしでコミュニケーションをとる。

このスタイルは、オダギリがキム監督と初タッグを組んだ「悲夢」(2008)と同様だ。これもキム・ギドク流シュールと言えるが、不思議と違和感はない。

これまで、人間の極限的感情を、奇想天外なアイデアで寓話化してきたキム・ギドク監督。本作では、視点を人類の運命という次元にまで高め、かつてないスケールの神話を構築することに成功している。

人間の時間

2018、韓国

監督:キム・ギドク

出演:藤井美菜、チャン・グンソク、アン・ソンギ、イ・ソンジェ、リュ・スンボム、ソン・ギユン、オダギリジョー

公開情報: 2020年3月20日 金曜日 より、シネマート新宿他 全国ロードショー

公式サイト:https://ningennojikan.com/

コピーライト:© 2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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