外国映画

映画レビュー「シリアにて」

2020年8月21日
戦火を逃れてアパートに籠城した家族とその隣人。強盗が侵入し、キッチンに隠れるが、若妻と赤ん坊だけが取り残されてしまう。

女性の視点から戦争を告発

シリア内戦を描いた映画というと、ドキュメンタリー作品「娘は戦場で生まれた」(2019)が記憶に新しい。市街地に轟く銃声、砲声。立ち上る白煙、黒煙。響き渡る悲鳴。血まみれで横たわる死体。

生まれる娘に見せるため、一人の母親が撮影したビデオ映像が放つ、本物ならではの迫力に打ち震えたものだった。

本作「シリアにて」も、非戦闘員の視点からシリア内戦の現実に迫っている点は同じである。しかし、違うところもある。

それは、人物の心理面に焦点を当て、迫り来る恐怖と逃れられない被害を、緊迫感たっぷりに描き出し得ている点だ。それはフィクションだからこそ可能なことである。ノンフィクションではここまで心の内部に踏み込めない。

舞台はアパートの一室。登場人物は、アパートの女主人であるウンム・ヤザンと子供たち、義父、メイド。そして隣人のハリマとその夫だ。ハリマ夫婦には生まれて間もない赤ん坊がいる。

彼らはここに籠城し、外敵を遮断。階段を昇ってくる足音が聞こえれば、じっと息をひそめ、遠ざかるまで待つ。スナイパーの餌食になるので、外に出るのは厳禁だ。

だが、ハリマの夫は禁を破って、外に出る。妻子を守りたい一心で、脱出の手続きに走ったのだ。無謀なチャレンジは、予想どおりの結果を招く。その瞬間を目撃するのはメイドである。ウンム・ヤザンはメイドの報告を受け、ハリマには知らせないよう厳命する。

そして、第二の衝撃が訪れる。強盗がアパートに押し入ってきたのだ。全員をキッチンに避難させ、ドアを封鎖する。

ところが、赤ん坊を別室に置いたままのハリマだけが、キッチンから閉め出されてしまう。

侵入した強盗。そこにいたのは、美人の若妻。何が起こるかは火を見るより明らかだ。キッチンで息をひそめるウンム・ヤザンと家族たち。ハリマが受けている仕打ちは、声や音で伝わってくる。

助けてやりたいが、声も出せない。こちらの存在が知れたら、ただではすまないからだ。黙って“見殺し”にするしかない。

「(凌辱されたのが)自分じゃなくてよかったと思った」。ウンム・ヤザンの娘がハリマに告白する場面に胸が突かれる。

兵士であれば戦える。降伏もできる。しかし、非戦闘員とりわけ女性には何もできない。そこに自由や選択は存在しないのだ。

戦争の無慈悲と不条理を、女性の視点から告発する、渾身の反戦映画。

シリアにて

2017、ベルギー/フランス/レバノン

監督:フィリップ・ヴァン・レウ

出演:ヒアム・アッバス、ディアマンド・アブ・アブード、ジョリエット・ナウィス、モーセン・アッバス、モスタファ・アルカール

公式サイト:https://in-syria.net-broadway.com/

コピーライト:© Altitude100 – Liaison Cinématographique – Minds Meet – Né à Beyrouth Films

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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