日本映画

映画レビュー「偶然と想像」

2021年12月16日
偶然の出来事が人の運命を一変させる。世界が注目する濱口竜介監督の短編アンソロジー。ベルリン映画祭銀熊賞受賞作。

偶然の先は予測不能

「ハッピーアワー」(2015)からの快進撃めざましく、世界的注目を浴びる映画作家の濱口竜介による短編アンソロジー。いずれも、偶然の出来事が思いがけない展開を呼び、人の運命が一変する物語が描かれている。

第一話「魔法(よりもっと不確か)」は、モデルの芽衣子が、仕事帰りのタクシー内で、親友のつぐみから最近の恋バナを聞かされるシーンからスタート。

つぐみは、相手の男と十五時間も一緒に過ごし、互いに好意を抱いたと語る。ただし、男女の関係にはならなかった。

芽衣子は笑う。どうして何もしなかったのかと。恋に積極的な芽衣子。恋に慎重なつぐみ。途切れることなく続く会話の中で、つぐみの“報告”は徐々に具体性を強めていく。男には好きな女性がいたが、浮気されて2年前に別れたこと。インテリアデザインの仕事をしていること――。

つぐみの話が進むにつれ、芽衣子の頭に疑問符がちらつき始める。その男って、もしかして自分の元カレなのでは? 疑問符はしだいに大きさを増していく。

正面から2ショットで二人をとらえたカメラは、そんな芽衣子の微妙な表情の変化を見逃さない。やがて、タクシーがつぐみを自宅前で降ろすと、芽衣子はタクシーをUターンさせる。

次のシーンは、芽衣子とある人物との熾烈な罵り合いだ。罵り合いと言っても、ほぼ芽衣子の一方的な攻撃に終始する。理不尽で暴力的でありつつも、ふとした瞬間に見せる猫のような媚態に、男を狂わす小悪魔の貌(かお)が覗く。

ラストに訪れる修羅場の危機に、芽衣子はいかなる行動をとるのか。再開発が進む渋谷の風景が、芽衣子の心象を映し出す。

設定が巧みで、脚本も秀逸。さらには、今泉力哉監督の「街の上で」(2020)で精彩を放った古川琴音が、芽衣子役を余人を以て代え難いクオリティで演じたこともあり、第一話は3作中でも特に際立った傑作に仕上がっている。

第二話「扉は開けたままで」は、大学教授・瀬川の研究室で、ゼミ生の佐々木が土下座をするシーンで幕を開ける。懇願も甲斐なく、瀬川は単位取得を認めず、佐々木は就職の内定も取り消される。

逆恨みした佐々木は、年上の同級生でセフレでもある奈緒を使ってハニートラップを仕掛け、瀬川を失脚させようと企むが――。

学生など訪問者があれば、必ず研究室のドアを開け放つ。そんな用心深い瀬川を奈緒がいかに攻略するか、攻略できるのか。興味の焦点はここにある。

ただし、瀬川は芥川賞作家というもう一つの顔を持っており、奈緒が瀬川の小説のファンであることから、当初の計画は思いもよらぬ方向へズレていく。奈緒の小さなミスが瀬川にも奈緒自身にも与える痛撃は、奈緒の望むものではなかったろう。そんな奈緒が最後に仕掛ける新たなハニートラップ。その不気味さ、怖さが印象に残る。

第三話「もう一度」は、高校の同級生が久しぶりの再会を果たす物語だ。同窓会で故郷を訪れた夏子は、帰り道、駅に向かうエスカレーターで、仲の良かったあやとすれ違う。

目と目が合い、歩み寄った二人は、あやの自宅で昔話に花を咲かせる。だが、やがて二人の話に根本的な食い違いのあることが分かり――。

ありきたりの話のように見せておいて、突如、二人を結び付けていた前提を崩す。それで関係は壊れるはずだが、そうはならないところが面白い。夏子の自己開示に応えるように、あやもまた、自身の結婚生活や高校時代について語り始めるのである。

二人は同級生という絆を失った後、全く別の新しい絆で結び直される。晴れやかなラストは、他の二作にはない爽やかな感動をもたらしてくれる。

三作とも、膨大な量の言葉が発せられるが、発音はすべて明瞭で聴き取りやすい。一方、カメラは人物を安定した構図で映し出し、その視線や動きを観客が見逃すことはない。

明晰な作品空間に、研ぎ澄まされた観察眼。濱口竜介の映画術に今回もしたたか酔わされた。

偶然と想像

2021、日本

監督:濱口竜介

出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉

公開情報: 2021年12月17日 金曜日 より、Bunkamuraル・シネマ他 全国ロードショー

公式サイト:https://guzen-sozo.incline.life

コピーライト:© 2021 NEOPA / fictive

配給:Incline

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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