生々しいライヴ映像がすべてを語る
1997年、香港が英国から中国に返還された。その際に約束されたのは、50年間は従来どおりに資本主義が維持できること。外交と国防を除き、高度な自治を認めるという取り決めだ。
いわゆる一国二制度と呼ばれるこのシステムで、香港人の自由は当面保障されたはずだった。ところが、中国は約束を反故にする。次々と強圧的な制度や法律を作り始めたのだ。
これに対し、若者を中心とした市民は猛反発。2014年に起きた数万人規模のデモ“雨傘運動”は、いまだ記憶に新しい。
本作は2019年に「逃亡犯条例」改定案が提出されたことに端を発する抗議デモを、生々しいライヴ映像で記録したドキュメンタリーだ。
参加者は200万人。香港の人口が700万人だから、実に7分の2の市民がデモに加わったことになる。
参加したのは、高校生や大学生を中心に、ジャーナリストや一般市民などさまざま。急速に中国化する香港の現状に危機感を募らせ、行動に出た者たちだ。バックに大きな組織はなく、全員が主体的に参加している。
だが、正体がバレて当局にマークされれば自由はおろか命まで危ない。だから、彼らはマスクで顔を覆い、本名を隠してニックネームを名乗る。“ママ”、“アイ・ドント・ノウ”、“ノーボディ”、“ランナー”などなど。
ジャーナリストは顔が割れているので、標的にされやすい。本作で映像を一部撮影している女性ジャーナリストも暴行を受けた。
飛び来る催涙弾はガスマスクを通過する。ゴム弾に目をやられた若者は苦しそうに呻く。実弾を胸に受けた若者もいる。
血まみれの顔に体重をかけ路面に押し付ける警官。アメリカで黒人を窒息死させた白人ポリスさながらの非道なやり口だ。組織化されたマフィアも警察に加勢する。
若者たちに感化され立ち上がったのは老農夫。“開発”で農地を奪われ立ち退きを余儀なくされた。横暴な中国と政府や不動産業者の癒着に怒りを抑えられない。“学がない”自分に代わって頑張ってほしい。そんな思いで自ら若者の盾になる。
必死に火炎瓶で応戦するデモ隊。だが、焼け石に水。力尽き、絶望して自殺する者も出る。しかし、ビルからの落下死や水死は、果たして自殺だろうか。記録されたその瞬間の映像に不自然感を禁じ得ない。
戦いは圧倒的に劣勢だ。しかし、若者たちには知恵がある。ケータイを武器に戦術を組み立てる。オンラインで人を集め、敵状を視察してデータ化し、戦況を分析し、情報を共有する。デジタル世代の戦い方である。
本作の迫力ある映像も、デジタル機器があればこそだ。女性記者が倒され転げまわりながら撮影した決死の動画や、ドローンがとらえた大群衆の空撮映像。すべてが歴史の貴重な証言となるだろう。
健闘むなしくデモは鎮圧されたが、これは「始まりの終わり」。国家安全法が可決され、反体制活動は禁止されたが、香港人は諦めない。台湾などへ亡命後も、じっと「時代革命」の機会をうかがっている。リベンジを誓う人々の顔に力が漲(みなぎ)っている。
翻って日本はどうだろう。香港人は民主主義の危機に立ち上がった。日本人は何をしているのか。民主主義は守られている? まさか! 60年安保で国会のまわりはデモ隊で包囲された。あの怒りと危機感はどこに行ったのだろう。他人事ではないのだ。
時代革命
2021、香港
監督:キウィ・チョウ
公開情報: 2022年8月13日 土曜日 より、ユーロスペース、池袋シネマ・ロサ他 全国ロードショー
公式サイト:https://jidaikakumei.com/
コピーライト:© Haven Productions Ltd.
配給:太秦