日本映画

映画レビュー「ハマのドン」

2023年5月4日
カジノ誘致を阻止すべく、一人の男が立ち上がった。決戦の場は横浜市長選。それは政治権力と市民との戦いでもあった。

主権は官邸にあらず

2019年、横浜はカジノ誘致を決定した。それまで態度を留保してきた林市長が、突然シレッとした顔でカジノ推進に舵を切ったのだ。

カジノ誘致は総理・安倍晋三と官房長官・菅義偉が推し進めていた国策。特に横浜を地盤とする菅としては、何が何でも実現したい施策だった。

こうして、総理、官房長官、市長が一体となり、カジノ誘致への動きが本格化。ところが、ここに伏兵が現れる。“ハマのドン”こと藤木幸夫である。

横浜で港湾事業を担い、横浜の発展を支えてきた男。港で働く労働者とともに生き、彼らの人生を間近で見つめてきた。彼らの血と汗の結晶である聖地・横浜港がギャンブルで汚され、利権に食い荒らされることは絶対に許せないことだった。

藤木は筋金入りの自民党員であり、昵懇(じっこん)にしている議員も少なくない。件(くだん)の菅も、若い頃は藤木が世話をした。いわば藤木は菅の恩人である。この二人がカジノで真っ向から対立することになった。皮肉な話である。

自民党員だからといって、何もかも自民党の方針に従う道理はない。主権は官邸にあらず。主権在民。決めるのは市民だ。間違っていると思えば声を上げる。民主主義の原則を藤木は体現する。

市民によるカジノ反対の署名19万筆が藤木を勢いづけた。2021年の横浜市長選では無名の新人・山中竹春を支援し、菅らが担ぐ小此木八郎、そして4選を目指す林と対決し、大勝する。カジノ誘致は撤回された。

自民党と深いつながりを持つ藤木は、いわゆる任侠世界にも人脈を持つ一見強面(こわもて)の人物である。だが、少年野球チームを育てるなど、やさしい一面がある。正義心と人情味に富み、相手が誰であろうと決して怯まない胆力もある。

そんな人物だからこそ、人はその声に耳を傾け、行動をともにしようと思うのだろう。本来は敵対するはずのカジノ設計者が、藤木の熱意に動かされ、アメリカから来日し、カジノの正体を種明かして見せる。そんな信じられないことも起きる。

藤木の人間力のなせる業だろう。作中で藤木が語っているように、日本にはいま戦前のような空気が漂い始めている。重要なことが国会での議論を経ず勝手に決められていく。市民は仕方がないと肩をそびやかすだけだ。どんな目に遭っても怒らない。お上には逆らえないと思い込んでいる。

だが、ここぞという時に立ち上がらなければ、取り返しのつかないことになる。東京、大阪をはじめ、全国各地に横浜と同じような問題が勃発している。第二、第三の藤木幸夫が求められている。

映画レビュー「ハマのドン」

ハマのドン

2023、日本

監督:松原文枝

公開情報: 2023年5月5日 金曜日 より、新宿ピカデリー、ユーロスペース他 全国ロードショー

公式サイト:http://hama-don.jp/

コピーライト:© テレビ朝日

配給:太秦

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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